純情ですので


(ん?)

異変に気づいたのは、次元戦艦の一室で待機している最中。
部屋の中にいるのはアルドとセヴェンの二人で、素材採集に出かけた仲間を待ちながらあれやこれやととりとめもない事を話していた時のこと。
何の前触れも無く、唐突に。カッと体温が上がった。空調の効いた室内にいるはずなのに、やたらと身体が熱くて仕方なってくる。
それだけならまあ、少しおかしいなで済ませられたけれど、異変はそれだけではなかった。
下半身が熱い上に重い。しばらく抜いてない時のそれに似ていて、ついでに何もしてないのにちょっと勃ちかけている気がする。
誤魔化すようにもぞりもぞり、腰を捩って気を散らそうとするも逆効果だった。いつもはちっとも気にならない布の擦れる感触がやたらと響いて、おさまるどころか促されて半勃ちになりかける。
いよいよこれはまずいと慌てたセヴェンは、長めの息を吐いて気を落ち着かせる。

心当たりはあった。
つい数時間前、アルドはポムの実験とやらに付き合って怪しげな薬を飲まされそうになっていて、現場を目撃して止めようと間に割って入ったセヴェンも、気づいたらなし崩しにそれを口にする羽目になってしまった。いくら仲間の頼みだったとして、アルドにはもう少し警戒心を持ってほしい。
幸い、といっていいのか微妙なところだが、薬自体は疲労回復の類のもので飲んだ瞬間軽くなったのも本当で、正直少しだけ感心した。ほんの少しだけ。
仮に副作用があったとしても少し元気になるくらいだと聞いていたからそこまで心配はしていなかった。
しかし。

(元気ってそういうことかよ!)

一向に引かない熱を一先ず膝を閉じて隠したセヴェンは、ちらりとアルドの方を伺った。
セヴェンほどの変化が出てるようには見えなかったものの、気のせいでなければほんのりと頬が火照っている気がする。ちなみに下半身の方もさりげなくチェックしたけれど、見た目には分からなかった。
アルドもセヴェンと同じ状況だと判断するにはいまいち決め手にかける。
だからセヴェンは思い切って直接聞いてみる事にした。

「アルド……その、身体の調子、おかしくないか?」
「え? よく分かったな、さっきから身体が熱くってムズムズしてる……もしかしてセヴェンも?」?
「お、おう」
「ポムかな、やっぱり」
「どう考えてもそうだろ」
「だよなあ」

返ってきた答えは、セヴェンの予想した通り。
お互い苦笑いで肩を落として大袈裟にため息をついてみせたものの、内なるセヴェンは正直それどころではなかった。
だってアルドがせヴェンと同じ状況ってことは、アルドも勃ちかけてるっていうことだ。正直言ってものすごく興奮する。
セヴェンはアルドの事が好きだ。人として好きになったのは仲間になってすぐ、いろいろひっくるめて特別に好きになったのもそれからさほど時間をおかずして。具体的に言えば触りたいしキスもしたいしその先もしたい。そういう意味で好きだ。
そんな相手が、セヴェンの隣で勃たせかけている。なにそれすごい。めちゃくちゃえろい。
別に特に男が好きな訳では無いし、そもそも相手が女だとして突然隣で発情されても興奮するどころかちょっと引く。あんまり関わりたくない。そういう所は案外、純情だった。
だけどアルドは特別だ。他の人間ならどん引きする状況でも、アルドが、と前置きすれば、興奮する要素しかない。だって好きな相手なのだ。純情が故にものすごく煽られて、膝に挟んだそれはじわじわと完勃ちに近づいてゆく。

どうしよう、と興奮しつつもセヴェンは必死で頭を回転させる。
とても心が浮つく状況だけれど、ずっとこのままでいるのはまずい。今はまだどうにかなっているけれど、セヴェンのセヴェンに刻一刻と限界が近づいている。非常にまずい。
ここは明るくセヴェンから切り出して、トイレに駆け込むべきではないか。でも何て切り出そうか。「しょうがないから抜きに行こうぜ」? それとも直接触れずに「トイレ行ってくるわ」と立ち上がるべき? いやでも前かがみな姿をアルドに見られるのは恥ずかしいし、その辺の話題をアルドに振るのもやっぱり恥ずかしい。何かもっと気の利いた言葉はないだろうか。何か、何か。

そうして必死で状況を打破する言葉を考えるセヴェンに向けて、アルドから予想もしない言葉が飛び出した。

「セヴェン。みんなが帰ってくる前に、ちょっと付き合ってくれるか?」
「はあ?! い、いや、いいけどさ!」

付き合ってほしい。
その言葉の破壊力に、セヴェンの脳内は一瞬にして真っ白になる。考えていた何もかもが、彼方に吹っ飛んでしまった。
だって、アルドもセヴェンものっぴきならなくなっているこの状況で、付き合ってくれるかってことは、つまり、もしかして。
そういうことに他ならないんじゃないだろうか。いいや、違いない。それ以外考えられない。

(ままままさかアルドが誘ってくるなんて!)

動揺でガチガチと歯を鳴らしたセヴェンは、どうにか表情だけは取り繕ってギクシャクと頷いたものの、内心は非常に荒ぶっていた。

(だだだ大丈夫だ、いける、オレはやれる!)

アルドの言葉でぐつぐつと沸騰した脳内で新たに始めたのは、何度も繰り返したシミュレーション。男同士のセックスの手順。セックスどころかまだ付き合ってすらいないけれど、アルドへの気持ちを自覚してからいろんな情報媒体を漁って、知識だけは一通り仕入れていた。そして仕入れた知識を元に想像力をフルに働かせて、抱く側のシミュレーションは腐るほど繰り返している。最近のセヴェンのおかずは専らそれだ。
まさかこのタイミングでその知識を活用する事になるとは思っていなかったけれど、アルドが言うなら仕方ない。アルドが言うなら仕方ない。アルドが言うなら、仕方ない!

(あ、アルドがしたいってんなら、オレが下でも別に)

もしもアルドに抱きたいと言われた場合のパターンも一応考えている。さほど頻繁ではないものの、何度かそちら側のシミュレーションもしていた。出来ればセヴェンが突っ込みたいけれど、アルドが望むなら突っ込まれるのも吝かではない。むしろ突っ込まずに抜き合いでも構わない。お互いには触れずに並んで抜くだけでも十分興奮できる。
アルドとそういうことが出来るなら、もうこの際何でも良かった。

「よし、じゃあ行こうか!」
「……う、うん」

躊躇いもなく立ち上がってさっさと歩を進めるアルドに続いて、セヴェンも慌てて立ち上がる。そして隠しきれない股間の膨らみに気づかれないようさりげなく背中を丸めつつ、アルドの少し後ろをよたよたとついていった。




しかしながら、現実は無情であった。

「分かってた! 分かってた!!」
「ん? どうしたんだ?」
「なんでも! ないっ!」
「そうか? あーやっぱり身体動かすとすっきりするな! 付き合ってくれてありがとう、セヴェン」

うきうきそわそわどきどき、期待に胸踊らせ思考をピンク色に染めたセヴェンを連れてアルドが向かったのは、次元戦艦のベッドルームでも、どこかの街の宿屋でもなく、月影の森。
もしかして、と思考の片隅で嫌な予感は覚えつつも、まさか外でと妄想を膨らませて鼻血が出そうになったセヴェンにアルドが告げた言葉は。

「月影の森の浅い場所でアベトスの目撃情報が増えたから、奥の方へ追い返してほしいって依頼が来てたんだ」

爽やかに言い放って剣を握ったアルドに、セヴェンが妄想したような色めいた空気は欠片もなく、数体のアベトスを追い払った頃にはようやくセヴェンも己の思い違いを理解する。

(付き合ってほしいって、そういうことかよ!)

アルドの言葉には、セヴェンが期待したような意味はちっとも含まれていなかったらしい。身体が熱くてむずむずするから思い切り動いて発散しよう、という至極健全な発想による至極健全なお誘いだったようだ。
股間と共に膨らみに膨らんだ妄想が健やかなアルドの笑顔で無残に散らされたショックと、やけっぱちに森を駆けて魔法を撃ちまくったおかげか、セヴェンのセヴェンはいつの間にかしゅんと小さく萎れきっていた。なるほど、効果は劇的である。
アルドは悪くない。勝手にあらぬ妄想を膨らませて拗らせたセヴェンが悪い。
分かってはいるけれど、抱いた期待が大きすぎたせいで、気分が落ち込むのを止められそうになかった。理不尽だとは分かりつつ、何の裏もなかったアルドの笑顔が少しだけ小憎らしい。
だからセヴェンはそんなもやもやを全て、目に付くアベトスたちにむけて思い切り、八つ当たり気味にぶちまけてやることにした。


「さすがだなセヴェン!」
「まあな」

なお、しばらくはすっかり不貞腐れて沈んでいたセヴェンだったが、汗を拭いながらこちらに笑いかけたアルドの言葉であっさりと気持ちが浮上する。
期待したような展開にはならなかったけど、いつも仲間に囲まれているアルドと二人きり、並んで戦えるのは悪くない。素直な賞賛を投げられれば、悪くないどころか胸がむずむずして鼓動が跳ねる。
そうして目に付くアベトスたちを森の奥へと追い払った頃には、最初の不機嫌はどこへやら。
アルドへと自然に笑顔を返せるくらいには、セヴェンの気分はすっかり上向いていた。

どこまでもセヴェンは、アルドに恋する純情な青少年であった。