勃ちあがれダストデビル
ぴゅるり、と尻たぶにかかった生暖かな液体の感触に、咄嗟にまずい、と思ったアルドはぎくりと身体を強ばらせた。
上から下まで身に着けたものを全て脱ぎ捨てたアルドは、ベッドの上、素っ裸のままうつ伏せになって腰を高く掲げている。そんな格好をしていることに恥ずかしさを感じていなかった訳ではないけれど、今は自身の羞恥よりも腰を掴む手の主の事の方が気になって仕方なかった。
格好はそのまんま、首だけを動かして後ろを振り返れば、同じく裸のセヴェンと目がぱちりと合う。その表情が、どことなく青ざめて見えたから、いよいよ焦ったアルドは濡れた尻を拭う事無くがばりと起き上がりセヴェンに向き合うと、沈黙が落ちる前に急いで口を開いた。
「お、惜しかったな! もうちょっとだったよ!」
アルドに悪気はなかった。心底、セヴェンを励ましたかっただけだ。
しかしながら、言葉選びを間違えたらしい。
アルドの言葉を聞いたセヴェンが、ぐうぅ、と呻き声を上げてベッドの上に崩れ落ちる。己の失策にすぐに気づいたアルドはどうにか挽回するべく更に言葉を重ねたのだったが。
「いや、違うって! ほら前はここまで行かなかっただろ! 前よりは確実に進歩してるし、すごいよ!」
「……ごめんアルド、ちょっとだけ黙っててくれ……」
「……うん、なんか、ごめんな……」
ベッドに顔を埋めてふるふると震えるセヴェンの背中を撫でながら、必死で言葉を連ねてゆけばますます震えが激しくなるばかり。ついにはとうとう、シーツに顔を埋めたままくぐもった声のセヴェンに止められて、アルドはぴたりと口を閉じた。同時に背に添えた手も離そうとすれば、セヴェンの肩が不安げに揺れた。
だからアルドは黙ってゆるりゆるりと背中を撫でてやりながら、ベッドの上に敷いたタオルにこそりと尻の液体を擦りつけつつ、セヴェンに気づかれないように小さくため息をつく。
(……なかなかうまくいかないもんだなあ)
アルドとセヴェンは付き合ってはいるものの、未だ身体の関係はない。正確に言えば、触り合い程度ならしているけれど穴に棒を挿入するまではいってない。
かといって、こうして二人で裸でベッドの上にいるのは始めてではないし、セヴェンがアルドに挿入しようとするのはこれで四回目になる。
四回目なのにまだ挿入に至っていないのはなぜか。
理由は簡単だ。前の三回は、身も蓋もない言い方をすれば失敗したからである。
一回目と二回目は、緊張しすぎたらしいセヴェンのものが勃たなかった。
アルドはそれを最初、セヴェンがその気にならなかったせいだと判断した。
緊張で使い物にならなくなる、という話は酔っぱらいの与太話として聞いたことはあっても、アルド自身は経験したことがない。成人して村の大人達にユニガンの花街に連れてゆかれ筆下ろしをされた時も、緊張はしていたしどこか気まずいような後ろめたさもあったのに、普通に勃った。だからアルドにとって勃たないのはつまり、そういう気分にならない証明でしかなかった。
きっかけはセヴェンの熱量に押しに押される形で始まった関係だったけれど、全くそちらの経験はないのに抱かれてもいいと思えるくらいには、アルドもちゃんとセヴェンの事が好きだった。
だから好意の種類が違った事実をまざまざと見せつけられてしまえば、さすがにアルドもショックだったけれど、なるべくそれは顔に出さないようにしてセヴェンを気にかける。自分の気持ちとセヴェンの気持ちなら、セヴェンのものを優先させたいと思う程度には、やっぱりセヴェンの事を好きになってしまっていた。
なのに、ずきりずきりと痛む胸を隠し笑って、無理はしないでいいよと気遣ったアルドに返ってきたのは、勘違いを告げる言葉ではなくて、涙目で縋るセヴェンの姿だった。
違う、嫌だ、嫌いにならないでくれ、好きだ、本当に、どうしようもなく、好きで好きでたまらない、抱きたい、嘘じゃない、アルドの中に入りたい。
初めのうちは、アルドも言葉を慎重に選びながら、思い違いをしてたんじゃないかと諭していたけれど、セヴェンは全く認めようとはしない。やがて涙目は涙声に変わり、すんすんと鼻を啜りながらアルドの膝に抱きついて駄々っ子のように違う違うと首を振るセヴェンに、それは勘違いだと言い続けるのは難しかった。
それでもどこかでは勘違いなのではないかと考えていたアルドに、二回目の失敗のあとにセヴェンが差し出したのは、小さな端末に表示された緊張により勃たない男達の数多の実体験。
未来というのは不思議なもので、アルドたちの時代では直接話したり本や手紙を介してしか知ることの出来ない情報が、手のひらに乗るほどの小さな機械を通じていくらでも見ることが出来る。
どこかやけくそ気味に、オレもそれだから、と言って顔を真っ赤に染めたセヴェンが見せてくれた体験談の数々は、緊張で勃たないというのはけして与太話の類でなく、本当にあることなんだとアルドに実感させるには十分すぎる効果があった。
それで、迎えた三回目。
セヴェンに端末の向こうの世界を見せられてから、アルドも使い方を教えて貰って拙いなりに情報収集に励んだ。
結果、一回目と二回目は挿入を急いてしまったせいで緊張が煽られてしまったんじゃと考えて、三回目はたっぷりと前戯に時間をとることにした。
アルドの目論見は、初めは上手くいっていたように思う。何度も何度もキスをしてお互いの身体を触りあって、自然に息と体温が上がってゆき、肌が汗でしっとりと濡れた頃にはセヴェンのものもアルドのものもきちんと勃っていた。
しかしこれなら大丈夫そうだな、と油断したのがよくなかったのなもしれない。
そろそろいけそうかな、とするりとセヴェンのものを指で撫でながら、ちゅう、と唇に吸い付いた瞬。びゅるる、とセヴェンの先端から勢いよく白濁が散った。
アルドとしては特に問題ではなかった。「元気だな」と呟いたのは照れ隠しみたいなもので、また勃たせればいいかと軽く考えていた。何度か通った娼館にて、やたらと元気な娼婦に付き合わされて一晩に五回出した事もあるアルドにとって、挿入前に一回射精するくらいはさして気にするものではない。
だがしかし。セヴェンにとっては割と重大な問題だったらしい。
慌てた様子で己自身を握って擦りながら、待ってすぐ勃たせるから、と言ったものの、手の中でしゅんと萎れるセヴェンのセヴェンは一向に元気になる様子がない。
次第に青ざめてゆくセヴェンの表情に、あ、これだめなやつだ、と瞬時に悟ったアルドは慌ててセヴェンを抱き寄せて宥めにかかる。
そんなに急がなくていいよ、ゆっくりやっていこう。オレ、こうしてセヴェンとくっついてるだけでも気持ちいいから好きだよ。
ちゅ、ちゅ、と顔色の悪いセヴェンの頬や額に触れるだけのキスを落しながら、強ばった身体の力が抜けるまでアルドはずっとセヴェンに声をかけ続けた。
口にしたのはセヴェンを言いくるめる嘘ではなく、アルドの本心だ。抱かれてもいいと思ってはいるけれど、触れるだけでも構わない。触り合いならセヴェンも気負う事無く気持ちよさそうな顔をしてくれるから、それだけでも十分だ。
それに、別にアルドが抱いてもいいのだ。セヴェンに抱きたいと言われて了承したけれど、アルドがセヴェンを抱けないかと言われたら全くそんな事は無い。むしろ普通にいける気しかしない。
だからセヴェンが落ち着いた頃合を見計らって、提案してみた。次は逆で試してみないか、と。ぐっと唇を引き結んで考え込んだセヴェンは、けして嫌そうではなかったと思う。
けれど沈黙の後、セヴェンはぽつぽつと話し出す。
そりゃ、いつかはそうなってもいいけど。でも、最初はオレがアルドを抱きたい。だってアルド、したことあるだろ。だから最初は、オレもアルドも初めてのやつがいい。
繰り返すが、アルドはセヴェンの事が好きだ。何においても、とは残念ながら言えないけれど、少なくとも自分とセヴェンの気持ちなら迷わず後者を優先させるくらいには。
そんなアルドが、どこか切なげに訥々と話すセヴェンの声に絆されない訳がなかった。
まだ付き合う前、男ばかりで集まった時に、時々下の話になる事もあって、そういう時に聞かれたら特に隠さず娼館に行ったことがあると話していたし、それをセヴェンが聞いていた事もあった。その時はちっとも気にしていなかったし、セヴェンがどんな反応をしていたかも全く覚えてはいなかったけれど。
もしかしてずっと引っかかっていたのだろうか、ときゅうっと胸を締め付けるような罪悪感と愛おしさを感じたアルドは、セヴェンの気の済むまでとことん付き合おうと腹を決める。
そうして結局その日は二人、裸で抱き合ったまま朝まで眠った。
そんな経緯あっての、四回目。
ベッドに埋まってひとしきり落ち込んだセヴェンは、しばらくするとがばりと顔を上げて勢いよくアルドの肩に手を回し、ぎゅっと抱きつきながら再度ベッドに倒れ込む。
なあ、嫌になってないか? かっこ悪いよな。その、次は多分いけそうな気がするから、またオレに付き合ってくれる?
こつん、とおでこをアルドの額に当てたまま、不安げに瞳を揺らすセヴェンの言葉を、一つ一つ否定して、また、肯定してゆく。
やがて瞳に浮かんだ不安が和らぎ、安心したように目を瞑りすうすうと寝息を立て始めたセヴェンに、アルドもふっと目尻を下げて安堵の息を吐く。
うまくいかないのは別に構わない。セヴェンに語ったように、触るだけでも十分気持ちいい。現状にさして不満はない。
でも失敗するたび、セヴェンが傷ついた顔をするのは忍びないので。不安に身を縮める様子を見れば、アルドも胸がちくちく痛むので。
失敗が十に届く前には、うまくいくといいなあと目の前に迫ったセヴェンの鼻先に口をつけて、アルドも静かに目を瞑った。