せきにんとって


チャロル草原にて、深部に生息する巨大な魔物の個体と戦っている最中のこと。
戦闘の途中から、セヴェンの顔色があまり良くないことが気にかかっていた。
いつもより少し遅れて放たれる魔法、敵の攻撃を避ける動きもどこか鈍い。一つ前の魔物との戦闘ではそんな様子はなかったのに、急にどこか具合でも悪くなったのだろうか。昼食が体に合わなくて腹を壊したのだろうか。もしかして気づかないうちに傷を負っていて、その影響が出てきているのかもしれない。
特にアルドたちより未来に生きる仲間たちは、アルドたちよりも傷や病に弱いところがあって、アルドたちが平気で食べる物でもよく腹を壊したりしているから、心配でたまらない。
そうしてセヴェンの事に思考を割いていれば、不意をつかれて肉薄する距離にまで魔物の接近を許してしまう。仲間の警告の声にハッとして、眼前に迫った魔物の足を反射的に剣で斬り飛ばし、アルドは冷や汗を流した。油断しているつもりはなかったけれど、戦闘以外の事に気を取られていたのは否定出来ない。
セヴェンの事は気になるけれど、それで仲間を危険に晒してしまうのは本末転倒だ。戦闘が終わったら改めて声をかけてみようと決めてアルドは、目の前の敵に視線を定め剣の柄をにぎる手に力をこめた。


「ちょっと、用事! 後から追いかけるから、先行っててくれ!」
「セヴェン?!」

しかし、戦闘が終わったあと。アルドが声をかける間もなく、セヴェンが仲間から離れてどこかへと駆け出した。止めるまもなく小さくなってゆくセヴェンの背中に、アルドも含めて仲間たちみな呆気にとられたものの、すぐに互いに目配せし合った結果、アルドがその背を追いかけることになった。比較的見晴らしの良い草原で魔物の不意打ちを受ける可能性は少ないし、特別な個体以外であればセヴェンなら一人でも太刀打ちは出来るだろうけれど、万が一ということもある。それに体調が良くなさそうだった事を思えば尚のこと、心配だった。
何かあった時はユナに貰った符を飛ばす事を約束をし、仲間たちには先にサルーパに帰って待機してもらう事にして、アルドはもうほぼ点のようにしか見えなくなったセヴェンの背中を見失わないよう、必死で追いかけた。

真っ直ぐに駆けていたセヴェンは、途中の木々が茂る場所で進路を変えてそちらへと飛び込む様子が見えたから、当然アルドも少し遅れて後を追う。そして少し見通しの悪くなった、背丈の高い草の中、踏み潰された痕跡を追って進んだ先、茂る草の量が減り比較的開けた川のほとり、大きな木の根元にて。

「セヴェン、大丈夫か?!」
「あ、アルド……?! なん、だめ、あっ、待って、あ……」
「えっ、あ……」

息せき切って駆けつけたアルドが見たのは、青い顔をしたセヴェンが、切羽詰まった様子でかちゃかちゃとズボンの前を弄り、それを脱ごうとしている姿。すぐにはセヴェンが何をしようとしているのか察せなくて、ぽかんとして動きを止めれば、アルドの姿を見たセヴェンが青い顔を一瞬にして真っ赤に染めておたおたと慌て始める。
と、ほぼ同時。ふいにセヴェンの声の調子が変わったかと思えば、じわじわとそのスボンの真ん中、股間の辺りが湿り始め、微かな湯気まで立て始めたのでようやく、アルドは事態を悟る。

「ち、ちが、オレ、ちがう、こんな、ちがっ」
「わ、分かったから落ち着けって」
「ちがう、ちが……うっ、うう……」
「わーっ! 大丈夫だから、な、大丈夫」

しばし呆然としていたセヴェンは、譫言のように違う違うと呟くうち、くしゃりと顔を歪んでその目にじわりと涙が滲む。声には湿り気が混じり、堪えきれないようにひくひくとしゃくり上げながら泣き始めたセヴェンを見て、アルドは大いに慌てて混乱した。
アルドが声をかけなければ漏らしてしまうこともなかったと思えばひどく申し訳なくて、本格的に泣き始めたセヴェンをどうにか泣き止ませてやりたくって、その姿が村の子供たちの姿にも重なって、気づけば子供をあやすような口振りでセヴェンに話しかけていた。

「ほら、気持ち悪いよな。一旦、下、全部脱いじゃおうなー。大丈夫、ほら、そこに川もあるし、すぐ綺麗に出来るからな。よしよし、うん、ちゃんと脱げていい子だな、偉いぞ」

いつものセヴェンなら、子供扱いするなだとか馬鹿にするなと怒ったかもしれない。けれど粗相の衝撃のためか、ぐすぐすと鼻を啜りながらも素直にアルドの指示に従ってもそもそと下を脱ぐ。指先が震えてうまくズボンのチャックを下ろせないのをみてアルドが手を伸ばしても、抗う素振りもなく大人しくされるがままになっていた。
下着も丸ごと取り去って、それを川で洗う前にアルドはまず自分のマントを外して水に浸す。それでセヴェンの湿った下半身を拭ってやれば、少しだけ泣き声が落ち着き始めた。けれど、ごめん、と消え入りそうな声で呟かれた言葉に、気にするなよと笑って首を振れば、またくしゃりとセヴェンの表情が歪んでしまう。どうやら対応を間違えたらしい。
また本格的に泣かせてしまうのは避けたい。そう考えたアルドは、咄嗟にセヴェンを抱きしめる。村のちびたちは抱きしめて頭を撫でて背中を摩ってやれば、それで落ち着いてくれたから、考えるよりも先に動いてしまった。さすがにちびたちと同じようには行かないだろうか、怒らせてしまうだろうか、とひやりとしたけれど、しかしどうやらアルドの経験に基づく行動は、セヴェンにも通用したらしい。

「外でするの、慣れてないしっ……村のトイレは、ちょっと、その」
「……ああ、未来の便所は綺麗だもんな……」
「いつも、次元戦艦でちゃんとしてるけど、今日は、時間なくて……」
「あーごめんな、オレが急かしちゃったもんな」
「だからオレ、オレ、こんな……うっ」
「ほら、泣くなって。大丈夫、誰にも言わない。オレも昔はたまにやったしさ、内緒だけど、未来の便所の使い方よくわかんなくて漏らしそうになったこともあるし。慣れてないんだから仕方ないよ」
「ほ、ほんとに……?」
「ほんとほんと!」

肩口に顔を埋めさせ、宥めるようにぽんぽんと背中を叩いているうちに、少し落ち着いたらしいセヴェンがぽつりぽつりと話し出す。
セヴェンだけじゃなく、未来の仲間たちはアルドの時代や古代のトイレを忌避する者も少なくなく、外で用を足すのが普通の習慣だと知った時には信じられないと目を丸くしていた。
だからセヴェンのその感覚はおかしいものじゃないとうんうんと頷いて、こっそりとアルドが未来で仕出かしかけた失敗を囁けば、ようやくセヴェンの体の力がほんの少しだけ抜けた気がした。

しかし。
間が悪いというか、何というか。

「アルド、その……」
「うん、えっと……」

村のちびたちにやるのと同じ方法で落ち着きを取り戻してくれたセヴェンだったけれど、何もかもちびたちと同じという訳にはいかなかった。抱きしめて背中を摩るうち、下半身に違和感を覚え始めてはいて、気づかないふりでやり過ごそうとはしていたけれど、さすがに本人から恥ずかしげな声で申告されては見て見ぬふりも難しい。下を全て取り払った状態で、抱きしめてぴたりと密着していれば、嫌でもそこが硬くなっているのが分かってしまう。

「ご、ごめん……ちが、オレ……っ!」
「わー! そ、そうだ、安心しちゃったんだよな! 気が抜けたらそうなることもあるし! よしよし、すぐに出しちゃおうな!」
「えっ、アル、まっ……」

再びセヴェンの声が湿り気を帯びそうな気配を察したアルドは、その声を遮るように大声を上げてセヴェンを抱きしめたままその場に座り込み、よいしょと抱えて膝にセヴェンを乗せると、硬くなったそれをそっと握りしめた。そして焦るセヴェンの声を聞く前に、ゆるゆると上下に扱き始める。
だって、剥き出しのまま抱きしめていれば、直に擦れて反応してしまうのも致し方ない事である気がするし、そう考えればこれはアルドの責任であるようにも思える。だったらアルドが処理をしてやるのが適当であるんじゃないか、なんて筋が通っているようでその実、支離滅裂な結論に達したアルドもまた、落ち着いているようで未だ混乱していたのかもしれない。
初めのうちはばたばたと手足を動かして抵抗していたセヴェンだったけれど、扱くうちに抵抗は弱くなってゆき、代わりに息が荒く上がり始める。もじもじと身をよじらせて顔を埋めたのはアルドの首筋で、熱を帯びた息がふうふうと吐き出され肌に吹きかかるたび、アルドの中にもぞわぞわとある種の熱のようなものが生まれてゆき、こしょこしょと内側を柔らかく擽られるような心地がした。

「アルド、あるど、あるどぉ……っ」

首に押し付けられた唇から零れた音が、耳と体を同時に震わせる。切羽詰まって上擦っていて、苦しげな息の音で途切れ途切れに掠れているのに、熱くてじっとりと湿っている。そんな音で何度も自身の名を繰り返され、どんどんと舌が縺れて、まるで甘えるようにたどたどしくなってゆくその口調に、陶然と浸っていたいような、けれどこのままでは取り返しがつかなくなるような、心地よくも掴みどころのない危機感を覚えたアルドは、セヴェンを抱えた方の手でよしよしと腕を撫でさすってやりつつも、扱く手の動きを徐々に早めてゆく。あまり時間をかけてしまえば、良くないことが起こってしまう気がした。

「あ、あ、あるどっ、出るっ、出すぅ!」
「いいよ、出して」

絶頂はさほど時間を置かずしてやって来た。速めたアルドの手の動きに合わせて、どんどんと息が上がってゆくセヴェンがぎゅっと目をつぶってそれを口走ったから、小さな声ででいいよと囁いて竿を強めに扱いてやれば、びゅるる、と勢いよく先端から白濁が飛び出した。

「いっぱい出たな、偉いぞ」

まだ射精の余韻に浸ったまま、ひゅうひゅうと浅い呼吸を繰り返しているセヴェンの額に、唇を落としたのは完全に無意識の習慣が漏れ出てしまったものだった。昔ちびたちを慰めた時に、時々気まぐれにしてやっていた流れの一つで、特に何かを意図したつもりのものじゃない。
けれど、荒い息のまま虚脱感に浸った瞳でぼんやりとしていたセヴェンが、はっとした表情で額を押さえてみるみるうちに頬を赤く染めて視線を逸らしたから、つられてアルドも気恥しさを覚えてしまう。よく考えればこの状況、すごくおかしなことをしてしまったんじゃないだろうか。いや、よく考えなくてもやり過ぎた気がする。

遅れてやってきた羞恥にいたたまれなさを覚えつつ、アルドはさりげなくセヴェンを膝から下ろして、濡らしたマントでまた下半身を拭ってやる。そしてマントとセヴェンの服を持つと、洗ってくるよと言い残して川へと向かった。
白濁は手のひらだけじゃなくぽつぽつと服にも飛び散っていて、それを誤魔化すためだと言い訳して服ごと川に飛び込んで、マントと服を洗いながら、セヴェンに気づかれぬようにほうっと小さくため息をついた。
冷えた水のおかげで、自分の状況がよく分かってしまう。アルドのそれも、緩く勃ちかけていた。

だって。
流れる水の中、じゃぶじゃぶと服を洗いながらアルドは言い訳をする。
だって、セヴェンがあんな声でオレの事を呼ぶから、セヴェンがすごく可愛くてたまらなかったから。
最初は村のちびたちが粗相をした時と同じつもりでいたけれど、もしも村のちびたちが同じようになったとして、セヴェンにしてやったようにわざわざ手でしてやろうなんて事はしなかっただろう。驚きはするけれど、やり方を教えて後は自分でやるように促したことだろう。
なのに、どうしてあんなことまで。

……だって。
だって、おもらしをして泣くセヴェンが、すごくかわいかったから。かわいくて、可哀想で、いじらしくて、どうにかしてやりたくって、かわいくって、それで、だから。

そこまで考えたアルドは、ぶんぶんと首を振って強引に思考を中断させる。これ以上考えれば、何か開けてはいけない扉を開いてしまう気がした。

「セヴェン! これ、風で乾かせるか?」

だから、川から上がりながら口にした声は、まるで何事もなかったような普段通りの口調で。セヴェンはまだ遠目にも分かる赤い顔をしていたけれど、アルドの声を聞いて少しほっとしたように頷いて、すぐにぽんと手のひらの中に風の渦を作り出す。
心のどこか、まだもやもやと引っかかるものはあったけれど、わざわざ引っ張り出すことはしない。赤い顔のままむすっと不機嫌そうに眉を寄せつつ、器用に風を作り出して服を乾かしてゆくセヴェンを見つめながら、アルドは何も蒸し返すことなく何も無かったふりをすることを選択する。
それを選んだ瞬間、ちり、と微かに胸が痛んだ気はしたけれど。
冷えた体に忍び寄る寒さの形の一つだと、強引に自身を納得させることにした。



の、だったが。
後日。
赤い顔でアルドを呼び出して、ごにょごにょと何かを言い募るセヴェンの言葉に辛抱強く耳を傾けてみれば、「アルドがあんな風に自慰を手伝ったせいで自分でしてもイケなくなってしまった上に、外で用を足そうとすると勃起してしまう」と、要約すればそんな内容を聞かされ、恥ずかしさが限界を超えたのか涙目でこちらを睨みつけながら、やけっぱちで捨て鉢な態度なのにどこか自信が無さそうに震える声で、「せ、せ、せきにん、とっ! ……とる、とれ、……と、とって……」と絞り出されたその、あまりにもいじらしくかわいらしい言葉に。
見なかったふりでやりすごしたつもりの開けてはいけない扉が、見事こじ開けられてしまったことを、ここに報告しておく。