ポケットの中にはビスケットが


次元戦艦の廊下の一角に、仲間達が数人集まっているのを見かけたセヴェンは、少し迷ってからそちらへと足を向ける。けして野次馬めいた気持ちをくすぐられた訳では無い。特に何もない筈の場所にわざわざ集まっているのはもしかして何かおかしな事でも起こってるんじゃないか、そう思ったから。なんて、誰ともなしに言い訳をしながら。

「……何してるんだ?」
「あっ! セヴェンくん!」

近づいて声をかければ、振り返った一人、レレがにっこりと笑ってねえねえ見て見て、と何かを指さした。
レレの指の先には、次元戦艦の廊下に点々と設置されたベンチの一つに座って眠るアルドの姿。背もたれにもたれかかり、上を向いてぱかりと口を開けた状態ですやすやと眠っていた。ちょっぴり間が抜けて見える。
そんなアルドを囲むのは、レレとビヴェットとマリエル、それにフォラン。けれどただ眠るアルドを眺めているにしては、どうにも彼女達の様子がおかしい。
ちらちらとセヴェンとアルドを交互に見て、くすくすとひそめた声で笑う四人はひどく楽しげで、何がそんなにおかしいのかわからないセヴェンにはその空間は些か居心地が悪かった。気まぐれを起こして近づかなければ良かったとの後悔が沸き出して、少しムッとして腹も立ち始めていた。
そんなセヴェンの内心を知ってか知らずか、まあ見てなって、とパチリと片目を閉じて小声で囁いたフォランが、指先に摘んだ何かをアルドの口に近づける。よく見ればそれは細かく割られたクッキーで、フォランはそれを眠るアルドの開きっぱなしの口の中にひょいと放り入れた。
アルドが起きる気配はない。けれど少しも経たないうちにもごもごと口を動かし始め、眠ったままクッキーを咀嚼するとごくんと飲み込んで、またぱかりと口を開いてすやりと寝息を立て始める。そんなアルドの一連の行動を見守っていた女子達四人は、ごくり、アルドの喉仏が動くと同時、息の音だけで器用にわあっと歓声を上げる。

(何やってんだよ……)

彼女達の目的を理解したセヴェンは、呆れた顔でため息をついた。どうやら眠るアルドに餌付けして遊んでいるらしい。さして時間も置かぬうち、次はボクね、と宣言したビヴェットがまたアルドの口に何かを放り込み、先程と同じようにもぐもぐと口を動かして飲み込む様を見つめて、きゃっきゃとはしゃいでいる。完全に玩具扱いだ。

「あんまりアルドで遊んでやるなよ……」
「えー。あっ、セヴェンもやる?」
「やらない」

ほいほいと口に食べ物を入れられても全く起きる気配のないアルドの様子に、はあ、ともう一度ため息をついたセヴェンが、一応は諌めてはみるが聞き入れられる様子はない。少し不服そうに唇を尖らせたフォランが、すぐさまぱっと表情を明るくしてセヴェンにも手持ちの菓子を差し出してきたから、首を振って辞してさっさとその場を離れる事にした。巻き込まれたくない。
フォランとビヴェット、レレだけならそのうち悪戯心が暴走してとんでもないものを口に突っ込みそうな気もするけれど、マリエルがいるならさすがにそれは止めてくれる事だろう。ならばセヴェンがついていてやる必要もない。

悪いな、オレには何もしてやれそうにない。精々遊ばれてくれ。
心の中でアルドに向けて両手を合わせそっと呟いて、セヴェンははしゃぐ少女たちの笑い声を背に振り返ることなくその場を去った。


それからおよそ半月後。再びの次元戦艦、今度は廊下ではなく部屋の中。以前と同じく椅子に座って背もたれにもたれかかり、口を開けて眠るアルドを見つけたセヴェンは、呆れ混じりのため息を吐き出す代わりにひゅっと息を飲み込んだ。
相変わらず無防備な寝顔を晒している。そんなだからあいつらに遊ばれるんだ、と思いながら、手は無意識にスボンの尻ポケットの中をまさぐっていた。
指先に当たるのは、小さな袋。中には一口サイズのビスケットが入っている。腹が減った時の食料だと言い訳してそれを携帯するようになったのは、半月前、アルドで遊ぶ彼女達を見かけた直後から。

しばらくポケットの中、指先で袋を弄んだあと、ぐっと奥歯を噛み締めたセヴェンは、おもむろに振り返って部屋の扉のロックをかける。これで誰かが急に部屋に入ってくる事は無い。部屋の中にはアルドとセヴェン、二人きり。意識するとほんの少し、部屋の中の温度が上がった気がした。
ふううう、一度大きく息を吸って吐き出してから、ポケットの中から袋を取り出して、音を立てないように慎重に封を切る。一個、二個、三個、四回、五回。袋の口から覗くビスケットを数えるうち、途中からはそれが個数から回数へとすり替わってゆく。
見える分だけで十回以上。アルドの口にこれを放り込める回数。

フォランに誘われた時、断ったのは巻き込まれたくないなかったから。けれどやりたくなかった訳じゃない。彼女達が見守る中でそれをしたくなかっただけで、本当はやってみたかった。セヴェンの手ずから物を食べるアルドを、じっくりと眺めたかった。それを見つめる自分の姿を、他の誰にも見られたくはなかった。

巡ってきた機会をけして逃しはしないよう、すり足で慎重に距離を詰める。近づくたびに少しずつ大きくなるアルドの寝息に、どきどきと緊張感が高まっていった。
やがてアルドの口に手が届く距離に辿り着いたセヴェンは、詰めた息をゆっくりと吐き出して、指先に摘んだビスケットをアルドの口へと持ってゆく。
唇には触れよう、細心の注意を払って覗く舌の上にそれを乗せてやれば、しばらくは何の変化もないまま。やがて口の中の異物に気がついたのか、ぴくぴくと舌を動きだし、きゅっと唇を閉じてもごもごと咀嚼を始める。口の動きに合わせてさくり、さくり、ビスケットが砕けてゆく音が聞こえて、徐々に音は細かく散らばって小さくなってゆく。そして咀嚼が止まりごくり、喉仏が上下して少し経ってから。ぱかり、また口が開く。

覗く舌先には僅かに溶けたビスケットの欠片が残っていた。どちらかといえば潔癖の気があるセヴェンは、通常ならそれに顔を顰めたことだろう。好んで見たいものではない、むしろ忌避している類のものである筈だ。
けれど今はそれが、やけに色っぽく見えて仕方ない。見てはいけないものを見てしまった背徳感、後ろめたさと比例するようにどくどくと顔に血が上ってゆく。
もっと覗きこみたくて、だけどいたたまれなくもあって、たまらずセヴェンは二つ目をその唇の中に押し込んだ。

与えられるままにビスケットをもぐもぐと食べるアルドを見ていると、胸がきゅっと締めつけられるような心持ちになる。眠っているから当たり前といえば当たり前だけれど、抵抗することなくセヴェンの手ずから物を食べてその体の内に取り込むアルドに、ぞくぞくと背筋が震えるような高揚感が身のうちをかけ上る。
眠りながらビスケットを咀嚼するアルドがかわいくってときめきに似た弾みで心臓が揺れて、同時に嗜虐的な気持ちが湧いてくる。
ふ、ふ、セヴェンの唇から吐き出された息は、心持ち上がっていた。だってアルドが、こんなにも無防備にされるがままになっている。さくさくとビスケットを噛み砕く下顎の動きを見ているだけで、目の奥が熱くなって目眩がしそうなほど興奮して仕方ない。

あいつらの前でやらなくて良かった。アルドの顔に吹きかからぬよう、片手で口を塞いでほうっと熱のこもった息を吐き出し、手のひらに湿り気を感じながら思う。覆った唇は僅かに吊り上がっていて、引き締めようとしても思い通りにはなってくれない。こんな顔、誰にも見られる訳にはいかない。

六回目。少しずつ、餌を与える指の動きは大胆になってゆく。どこにも触れぬよう、慎重に運んでぱっと投げるように離して引っ込めていたのに、ぴとり、きちんと舌の上に乗せてやれば、一瞬、生温かな肉が指先に触れる。反射的に引っ込めたそこは、火がついたように熱くってたまらない。
七回目。更に大胆に。かつり、わざと指を歯にあてて、舌の真ん中より奥まで指を突っ込んでしばらく待つ。咥内は熱く、みるみるうちに指先が湿ってゆく。
そうしてもぞり、確かめるようにアルドの舌が動いた瞬間。指を抜かなかったのは、想定外のつもりで、どこかでは確信的だった。
ぴちゃり、セヴェンの指に熱く柔らかな肉が絡まる。形をなぞるようにぺろぺろと表面をなぞってから、きゅっと口を窄めてじゅうっと強く指先を吸った。乗せてやったビスケットを噛もうとしても、セヴェンの指のせいでうまくはいかないらしい。がじがじと甘噛みのように何度か歯を立てたあと、舌と上顎で潰すような動きでビスケットと指を舐り始める。
ざらざらとした舌の表面、包み込むように押し上げる動き、肉がセヴェンの指の形に丸められていた。指先でビスケットの塊を潰す手伝いをしてやれば、まるで心得たように舌がぎゅっぎゅと指にまとわりついて、歯の代わりに指を利用し始める。唾液と混じったビスケットの欠片、指にまとわりついたそれを丹念に舐め取りちゅうと吸ってから、こくり、小さく喉を動かした。
指が邪魔で、一度では飲み下せなかったらしい。もごもごとじれったげに舌を動かせば、じゅわり、新たな唾液が舌の裏から湧いてくる。それをべちゃべちゃと指に絡めて、またちゅうちゅうと吸ってこくこくと喉を鳴らして、唾液を絡めて、吸って、飲み込んで。

ひりつく目の痛みで、ようやくセヴェンは正気に返って慌てて指を抜く。どうやら瞬きも忘れてアルドの事を見つめていたらしい。ぱちぱち、何度か閉じた瞼の裏に鋭い痛みが走り、じわりと目じりに涙が浮いた。
少しぼやけた視界を正すように、追加で瞬きをしたあと、飛び込んできたのは濡れそぼった自身の指先。根元まですっかりと濡れていて、爪先はてらてらと光っている。
ぐつりと腹からせり上がり喉元から漏れ出たのは、潰れた唸り声。息を詰めてそれを飲み込んでから、もう一度。今度はビスケットを摘まないまま、指先を口の中に入れてみる。濡れた人差し指と親指に、乾いた中指も加えて。

先程と同じようにそれを舌の上で転がしたアルドは、しばらくしてちゅうちゅうと三本の指に吸い付いた。指の形に窄めた唇には、少しだけ皺が寄っている。いくら吸ってもうまくそれを溶かせない事に苛立ったのか、徐々に吸い付く力は強くなってゆき、ぽこり、頬が窪んだ。
既視感があった。IDAの生徒の間で、密かに巡っている画像に動画。本来ならセヴェンたちの年齢では禁止されている筈の、いわゆるアダルト画像の類。それほど興味はないつもりだけれど、適度にお世話にはなっていたものの一つ。フェラチオをする女の顔の窪んだ頬が、セヴェンの指をしゃぶるアルドの姿が重なって、やがて頭の中で女がアルドにすりかわる。

もう誤魔化せなかった。下半身、張り詰めたそれはズボンをぐいと押し上げていて、先端、じわりと湿った布の感触が気持ち悪いのに、どうしようもなく気持ちがよくてたまらない。
じゅっじゅとセヴェンの指を吸うアルドの唇の端から、たらりと唾が垂れたのを見てしまえば、一層硬くなった陰茎全体につきりとした痛みが走る。窮屈で仕方ない。吸われるのとは反対側の手、握りしめていたビスケットの袋をポケットに捩じ込んで、自由になったそれは今にもベルトを緩めズボンの中に滑りこむべく動き出していた。

「ん゛ん゛ん゛ん゛っ……」

辛うじて思いとどまったのは、低い唸り声が指を震わせたから。さすがにいくらしゃぶっても口の中に居残り続ける塊に違和感を覚えたのか、ぎゅっと眉を寄せたアルドが不機嫌そうにぐるぐると喉を鳴らす。
すぐさまにゅぽんと滑った指を引き抜けば、しばらくもごもごと口を動かしたあと、顰めた眉を解いてすやすやと穏やかな寝息が響き始める。唇はもう、開いてはいなかった。
すっかりと息を止めてしまっていた事に気づいたのは、アルドの眉が元に戻ってから。いつの間にか覚えていた息苦しさは、思い切り吸い込んだ空気でようやく解消される。それでようやく、呼吸を忘れていた事を自覚した。どどどどどと連打のように鳴らされる心臓は熱いのにひやりと冷えていて、危なかった、呟くと同時に背中につっと冷や汗が流れる。

もう一度、繰り返すほど大胆にはなれない。僅かに取り戻した理性で現状を理解したセヴェンは、そそくさと部屋に備え付けられたトイレへと駆け込んだ。
肝を冷やしたのに、依然として股間は硬さを保ったまま。下ろしたズボンの中からぽろりとまろびでた陰茎を湿った指で包もうとする直前、思い直して反対側の手で握る。そして上下に扱きながら、濡れた指をぱくりと口に咥えた。
自分の指なのにアルドがしゃぶった指だと思えば恐ろしく興奮して、絡んだままの唾液が甘く感じて仕方ない。夢中でしゃぶりきつく吸い上げるうち、さっき見たアルドの表情がありありと脳裏に浮かんできて、アルドにしゃぶられているのかアルドのものをしゃぶっているのか訳が分からなくなる。目を瞑れば想像はより鮮明さを増して細部までもを描き出し、竿を扱く手すら自分のものでなくアルドのものである気さえした。
ただでさえ興奮していたところに、己の想像でこの上なく煽られてしまえば、そう長く保つはずがない。
いつもの半分もいかないうち、きゅっと根元が引き攣れて射精の気配がする。放つ直前、咥えていた指を引き抜いて両手で陰茎を握れば、とぷとぷと便器に落ちてゆく白濁が描く放物線は、心做しか普段より一回り大きな弧をなぞった気がした。




「あれ、セヴェン。そこ、何か入れてるのか? 珍しいな」
「……ああ、うん。食いもんだよ、腹減った時の」

戦闘後。ふと視線を下ろしたアルドが、セヴェンのズボンのポケットを指さした。
腰周りのポケットに物を入れておくのは、屈んだ時に飛び出したり太ももに当たって鬱陶しいから、あまり好きではないのだとアルドに話したことがある。珍しいといったのはそのためだろう。そんな些細な会話を覚えていてくれたのは、素直に嬉しい。
アルドの言葉に口の端を緩めて頷いたセヴェンは、隠すことなく理由を口にする。嘘じゃない。本当のことだ。何もかもを正直に告げてはいないけれど。

「ここだとすぐに取り出せるからさ」

付け加えれば納得したようにアルドがそうかと頷いた。
そう、すぐに取り出せるのが重要なのだ。
音も立てずに最低限の動きでそれを取り出したい時。例えば、口を開いて眠るアルドを見つけた時なんかには特に。
ポケットに手を突っ込んで指先に当たるビニールの感触を確かめながら、セヴェンは目を細めた。

セヴェンのズボン、尻ポケット。そこには真新しいビスケットの袋が入っている。