CALL ME PAPA!


尊敬はしている。勿論。
ちょっぴり怖くもある。
ザップのとばっちりも含め怒られる事は多いし、目の前に立つと自然とぴしっと背筋が伸びるような雰囲気がある。
冗談が通じない訳ではないけれど、調子に乗ると手痛いしっぺ返しを食らうし、事件が立て続けに起こって疲れ切っているときの爽やかな笑顔には、いっそ生命の危機すら感じてしまう。

それでもスティーブン・A・スターフェイズがどのような人かと誰かに聞かれれば、レオナルドは間違いなくこう答える。
尊敬できる、カッコいい上司だと。


そんな上司に話があると個人的に呼び出されたレオナルドは、内心恐々としていた。
ザップとツェッドと連れ立ってランチに向かおうとしたところ、何故だかレオナルドだけ呼び止められた。
一人で残るのが心細く、視線で二人に助けを求めたものの、自然な動作でそろりと目を逸らされてしまった。気持ちは分かるが、ちょっと切ない。

「さて、少年」
「はいっ!」

そうして二人きりになってしまった事務所の中。デスクに座るスティーブンの前に立つ。
改まって声をかけられたレオナルドは、ぴーんと反り返って元気よく返事をした。何を言われるか分からない以上、せめて返事だけでもちゃんとしとこうと思った結果である。

「君は、普段、お父上の事を何て呼んでる?」
「へ?」
「ダッド? ああもしかしてダディー?」
「いやいやいや、さすがにそれは。フツーに、ダッドって呼んでますけど……」

しかし、レオナルドの緊張とは裏腹に、スティーブンの口から飛び出たものは全く予想していなかったもの。
心当たりはなかったけれど、てっきり何かお叱りを受けるものだとばかり思っていたために、突然の質問には戸惑ったけれど、正直に答えた。この年になってダディーはないだろう、ともこっそり思った。
そんなレオナルドの返事を受けて、しばし考え込む様子を見せたスティーブンは、よし、と一つ頷いてから。

「じゃあ、これからは僕の事をパパって呼んでほしい」
「はあ?!」
「あ、なんならパピーでも構わないぜ?」
「えー、えー……え?」

改めて言っておこう。
レオナルドは、スティーブンの事を尊敬できる上司だと思っている。カッコいい大人だと、憧れに似たものも正直、抱いていた。
しかしいくら尊敬の出来るカッコいい上司だったとして。
突然そんな事を言われてしまったらば。

(何言ってんだこのおっさん)

なんて、つい身も蓋もない感想を抱いてしまうのも、致し方ないと思うのだ。むしろごくごく真っ当な反応だと思う。

固まってしまったレオナルドを見て、スティーブンは誤解しないでくれ、と真面目な顔をして言った。

「別にそういうプレイとかじゃない。これは必要な事なんだ」
「は、はあ……」

うわあプレイとか言い出したよこの人、と内心で思いつつ、一応レオナルドもそれなりに真面目な顔を作って話の続きを聞く。

「ほら、僕ってよく、スポンサーとの会食や接待に出向いている事は知っているだろう? そういう時に、子供の話って便利なんだよね。うちの子がって話が出ると、それだけで話がスムーズに進むっていうか」
「あ、ああ、そういう……確かに、ちょっと分かる気もします」

突然訳の分からない事を言われた直後に、それなりに理解出来る事を言われたため、少しほっとしたレオナルドは勢いよくうんうんと何度も頷く。レオナルドだってミシェーラの話をふられてそれを楽しそうに聞いてくれれば、それだけで相手に一気に親しみを覚える。

「だからパパって呼んでほしい」
「いやいやいや全然理由になってませんから! だからの意味が分からないんすけど!」

しかしレオナルドが理解出来る話になったのも束の間。
どう考えても飛躍しているとしか思えない接続詞の使い方に、とうとう遠慮なく突っ込みを入れれば、なぜだか呆れたようなため息をつかれてしまった。解せない。
まるで出来の悪い子でも見るような目をしたスティーブンは、だからね、とわざとらしくレオナルドが論った単語を重ね、説明を補足する。

「ほら、僕には子供がいないだろう。だから正直、そういう話題の時ってひたすら聞き手に回るしかないんだけど、どうしたって子供を持つ者同士で話が盛り上がっちゃうんだよ。変に知ったかぶって割り込んでもいまいち反応が良くないし。だから僕にも子供がいれば、こちらから話題の提供をして会話の主導権を握りやすい」
「はあ、それは分かりますよ。でも僕がスティーブンさんをパパって呼ぶ事とは繋がらないっすよね」
「繋がる繋がる。なんか、その気になれる気がする。僕にも子供が居たような気になれる気がする」
「一気に説明が適当になりましたね。っつーか、ちゃんと相手探して、スティーブンさんの子供、つくりゃいいじゃないっすか。きっと可愛いっすよ」
「馬鹿言わないでくれ。そんな事に割く時間も余裕もない。仮に今から仕込んでも実現するのは何年後だと思う?」
「仕込むとか……清々しいほど利用する事しか考えてねえんっすね……うーん、でも、ほら、やっぱ自分の子供って可愛いだろうし。それか、養子とか」
「勘違いしないでほしい。僕は別に、子供が欲しい訳ではない。子供ってそこまで好きじゃないし」
「えええ……」
「たかだか話題作りのために産まれる子供なんて不幸でしかないだろう? 養子を取るにしても、まず然るべき家庭を持たなきゃ可哀想じゃないか。僕は忙しいからろくに相手もしてやれないし」
「そりゃまあそうっすけど」
「それに、手間もかかりすぎて効率も悪いし。養子を取るにしろ家庭を持つにしろ、相手のバックグラウンドを精査して変な繋がりが無いか綺麗に洗って……ああ、考えただけで面倒くさい。無理」
「うわあちょっとまともな事言ったかと思えばこれだよ……」

途中までまともな説明だったのに、後半に行くにつれてなんだかおかしくなっていった。
最早取り繕うことも忘れ、げんなりとした顔を隠さないまま肩を落としたレオナルドは、とりあえず子供を持つ事を進めることは諦めた。
しかしそれはそれ、これはこれ。そういう事情があろうとも、やはりレオナルドがスティーブンをパパと呼ばなければならない理由にはなっていない。

「じゃあ、適当に架空の子供でっちあげればいいんじゃないすか?」

要は、話題として提供できる子供の話があればいいのだ。ならばその子供が実在する必要はない。適当なエピソードを付け加えてそれらしいものを仕立て上げれば、それで事足りる。たとえばクラウスなんかにはとても無理そうだけれど、なんとなく、この目の前の上司ならそれくらい簡単にやってのけられる気がした。
ところが。
レオナルドとしては、とても建設的な意見を述べたつもりだったのに、スティーブンはみるみる表情を険しくして、チッと舌打ちまでしてみせ、バン、と勢いよく机を叩いて立ち上がった。その剣幕にレオナルドは思わず、数歩後ずさる。

「だって、ずるいじゃないか!」
「はあ?」
「裏じゃ人身売買にドラッグの密売に非合法の臓器ビジネスにまで手を染めてるやつらばっかりなのに! 家では『パパ大好き!』とか言われてるんだぜ? 『うちの子が将来パパと結婚するって言って聞かなくて』とかデレデレ鼻の下伸ばしてやがるんだぞ? 裏じゃ悪どいことばっかやってんのにクソッ! 何でだよ! 僕だってパパって呼ばれるくらいいいじゃないか!」
「ええええ……あの、実は子供、好きなんじゃないですか?」
「いいや、好きじゃないね! 我儘は言われたくないし振り回されたくもない。ただパパって呼ばれてみたいだけだ。正直、面倒なとこは全て省略していいとこどりだけしたい」
「うわあ……」
「だから少年。パパって呼んでみてくれ。ほら、早く」
「えーと、……うん、やっぱやですよ……」
「何でだよ!」
「逆にこっちが何でだよって聞きたいっすわ……」

今までの比較的冷静な説明は一体何だったのか。
声を荒げて熱弁を奮うのは結構だけれど、その内容がいただけない。
一瞬勢いに流されそうになったけれど、思い直して首を横に振る。

「何で僕なんですか」
「だって少年、小さいし、若いし」
「小さいは余計です。若いならツェッドさんの方が」
「確かに若さではそうだけど、さすがに彼にパパって呼ばせるのは良心が咎めるよ。真面目だし、大きいし」
「じゃあ僕にもその良心を発揮してくださいよ!」
「少年は結構図太いじゃないか」
「じゃあザップさん……」
「冗談きついぜ」
「ですよね。じゃあチェインさんは?」
「セクハラだろう、それは」
「確かに、ヤバいっすね」
「ハハハ、少年、なかなか言うね」
「さーっせんしたあ!」

どうしても受け入れがたくて粘りに粘ってはみたけれど、話しているうちになぜかどんどんレオナルドの方が追い込まれてゆく。おかしい。

「なあ、頼むよ、少年。君にしか頼めないんだ」

そうして、止めがコレだ。いつも自信満々のカッコいい上司が、少し弱ったような口調でそんな事を言い出す。
レオナルドは、頼られるとちょっと弱い。なんだかんだ面倒見がいいのだ。
滅多にない上司からの頼みに、うーうーとしばし葛藤した後、結局。

「ぱ、パパ」
「……もう一回」
「ああもう! はいはいパパ! お仕事頑張ってね!」
「あと一声」
「お仕事してるパパってステキ! でもあんまり無理しないでね!」
「いいね。じゃあ、今後もそんな感じで頼むよ」
「……はーいパパ」

半ばやけっぱちで、スティーブンの要求を受け入れる事にした。とっとと解放されたかったのもある。
ちっとも気持ちはこもっていなかった筈だけど、ころりと表情を変えてにこにこと笑う上司を見れば、残念なことに合格だったらしい。
ちゃっかりとこれからも呼ぶようにと念を押され、逆らう気力をごっそりと削られたレオナルドは渋々ながらも頷いてしまった。

そうして、以来。
二人きりの時に限って、レオナルドはスティーブンの事をパパと呼ぶようになったのであった。