One month later


「すみません、パパ」

スティーブンをパパと呼ぶ事に、何の抵抗もなくなってきた頃。
それは起こった。
事務所に二人きりではなく、クラウスもギルベルトもザップもツェッドもしっかりいる時に。
ついついうっかり、その特殊な呼び方が口をついて出てしまったのだ。
一瞬にしてしんと静まり返った事務所内の空気に、あれ、と首を捻ったレオナルドは、直後、自分のミスに気づいてさっと顔を青ざめさせる。

「陰毛、オメー……」
「ちちちちち、違いますよ?! あの、ほら、エレメンタリースクールで、先生をお母さんって呼んじゃうアレみたいな!」
「先生? お母さん? ええと、どういうことでしょう」
「そうだったこの二人エレメンタリースクール通ってねえんだった! 違いますからねクラウスさん! ギルベルトさん! 間違っただけで!」
「れ、レオナルド君、落ち着き給え」

ザップに引いた目で見られ、慌てて弁解するも通じなかったらしい。
ツェッドと二人して、きょとんとして首を捻る様子にますますレオナルドの焦りは募り、必死でクラウスとギルベルトに向けて弁解する。
クラウスはレオナルドの焦りに釣られたのか、慌てたようにレオナルドを宥め、ギルベルトは無言でにこにこと笑っている。その優しすぎる反応に逆にいたたまれなくなって、途中でちょっと、死にたくなった。
そんな中、もう一人の当事者であるスティーブンは全く慌てた様子もなく、余裕の笑みを浮かべている。
アンタのせいでこんな事になったのに、と恨みがましい視線を向ければ、パン、と手を叩いたスティーブンが、実はね、と説明を始めた。

「任務の一環で、少年を僕の息子役として連れていく事になってね。咄嗟の時に失敗すると困るから、少し前からパパって呼ぶようにさせてるんだ」
「ふむ、そうだったのか」

さすがクラウスはその説明で、あっさりと納得した。ツェッドも、ちょっと首を傾げてスティーブンとレオナルドを交互に見やったあと、同じく何かを納得したように頷く。正直それで納得されるのも微妙なところだけれど、変につつかれるよりはマシだ。
問題はザップだ。
ものすごく不審なものを見る目でスティーブンを眺めたあと、じろりとレオナルドに視線を移し、何故か可哀想なものを見たような顔をする。
違いますからね、そういうんじゃないですからね、と小声で囁いて念を押したけれど、たぶん、通じていない。
それどころか、オメーがいいならそれでいいけどよ、と滅多にない優しさまで見せられ、レオナルドは焦りを募らせる。
絶対、変な方向に勘違いしているのが丸分かりだった。
とりあえず後で、ザップにはちゃんとフォローを入れておこうと決意して、レオナルドはもう一度、ぎっとスティーブンを睨み付ける。

「どうしたんだい、息子よ」

当然、レオナルドのささやかな抗議が通じる筈もなく。
絶好調のスティーブンの前に、撃沈する。

せめてもの意趣返しに、しばらくは必要最低限以外話しかけないようにしようと、密かに決意したのだが。

「反抗期の息子って、こんな感じかなあ」

素っ気ない態度を逆に喜ばれ、レオナルドはこっそりと地団太を踏んだ。

なお、後でザップにはたっぷり言い訳と説明を繰り返したが、やっぱり変な誤解は解けないままで。
何だかやけに労わられた挙句、ローションとゴムをそっと渡されたので、その場ですぐさまゴミ箱に放り込んでやった。
そのせいで思い切り喧嘩する羽目になり、当面の間の絶交状態にまで発展してしまった。
そうなりたかったのはザップではなく、スティーブンの方だったのに。

全く本当に、ろくな事がない。
最近では人前でも隠す様子がなく、息子息子と連呼するスティーブンに、レオナルドは大きなため息をつくのだった。