神々の義眼返還までの過程


神々の義眼を定期的に調査させてほしいと、個人的にスティーブンから打診された時、一も二もなく頷いたのはそれがミシェーラの眼を取り返す手かがりになればと願ったから。

「クラウスには知らせない。アイツは隠し事が苦手だからね。いずれ牙刈りの本部に知れて、あっちで研究させろと言ってくる。今でさえ煩いのを無理に捩じ伏せてるのに。あっちに行ったら君、大変だぜ? その日のうちに片眼を抉り出される。間違いないよ。それでもし、そこに刻まれているかもしれない契約に傷が入れば。運が良ければ君の妹の眼は戻るかもしれないけど、十中八九、不具合が生じる筈だ。もしかして手順に則れば穏便に解消できたかもしれない契約が、一生付き纏う可能性だってある。もっと手酷い反動がある可能性だってね。そうなれば君の妹は、永遠に光を取り戻す方法を失うんだ。本部のやつらはそんな事お構い無しだぜ。神々の義眼さえあればいいんだから。気にせず片方を研究材料に捧げるだろうね。むしろそれはまだいい方だ。下手すりゃ摘出にすら失敗して、名誉挽回ともう片方にも手を出して、また失敗して、全て台無しなんて最悪だって考えられる」

連れてゆかれたのは、大勢の研究者に囲まれたいかにもそれらしい場所ではなく、その逆。幾重にも展開されたディスプレイと、それを取り囲むように設置されたハードウェアで構成された部屋。そこに居たのはたった一人、つい先日ヘルサレムズ・ロットの街中に大量の殺人キメラが放たれた事件の黒幕として捕まり、処分されたと発表されていた異界人の男だった。
その時点で何かおかしいと思っていたレオナルドの不信を後押ししたのは、Mr.マッドと自称するその男を紹介したスティーブンが薄ら笑いを浮かべながら語った言葉。
まるでレオナルドの不安をわざと煽るような口ぶりに、自然と身体が後ろに後ずさる。
Mr.マッドならそんな心配はないから大人しく従え、神々の義眼のデータをとるのに協力しろと、続いた話をあっさりと信じて安心出来るほど、レオナルドは鈍感ではなかった。神々の義眼とミシェーラに関することとなれば、特に。
話をすっかり聞き終えた頃には、これはあからさまな飴と鞭をチラつかせた脅しなのだと理解したレオナルドは、自分でも驚くほどにショックを受けていた。

甘い人だと思っていた訳ではない。容赦なく尻を叩いて現場に追い立てるし、報告書にミスがあればがっつりと怒られるし、立て込んでいる時のピリピリした空気は用があっても近づきたくないほどに恐ろしい。
けれど情のない氷のような人だと思っていた訳でもない。
ミスを叱れどフォローはきっちりしてくれるし、怪我をすればからかい混じりに具合を案じてくれる。飄々としてみえて意外と表情は豊かだし、きちんと仕事をこなせばその分評価もしてくれる。
レオナルドがライブラに所属するようになってすぐの頃はもっと、よそよそしくて仕事以外の話をしてくる事は無かったのに、最近では世間話をする機会も増えていた。義眼と関係の無い報告書の出来を褒められる事すら何度かあった。
全幅の信頼を寄せられているだなんて、そんな大それた事は欠片も思っていないけれど。それでも手のひら一つ分の信頼くらいは、勝ち取れていると馬鹿みたいに驕っていた。

そりゃあレオナルドにとっては、神々の義眼というものは忌々しい諸悪の根源であって、それに頼りきる生活なんて間違っても望んではいない。ライブラに所属した当初なら、秘密裏にそれを研究させてほしいなんて申し出、怪しんで素直に受け入れず誰かに話したかもしれない。
けれど、今だったら。
ライブラのために協力してほしい、とその一言さえあれば、レオナルドは何も聞かずにスティーブンの申し出に従っただろう。
自分のために神々の義眼を使うのはまだ抵抗があるけれど、それがライブラのために役に立つならば、ギリギリの場所で戦う人達の生存率を少しでも上げる事が出来るならば、割り切って活用しようと思っている。特にガミモヅの件があってからは、もっと色んな使い方が出来るのではとやれることを探すようにもなっていた。
それくらいには、ライブラという組織も、そこに所属する人達の事も、レオナルドの中では大事なものとなっていたのに。
スティーブンがクラウスに隠れて動いている事をうっかりとその眼で見て察してしまっても、必要な事なのだろうと見て見ぬフリをする事に躊躇いがないくらいには、彼の事も信頼していたのに。

けれどスティーブンの中でレオナルドは、わざわざミシェーラの名前を引き合いに出して脅しめいた言葉を投げつけなければ、彼の申し出に素直に頷く事もしないような存在だったらしい。或いは、それがなければ簡単に誰かに秘密を話してしまう、油断ならない存在のような。
ただでさえミシェーラを人質に取るような真似をされてカッとなった所へ、欠片ほども信用してないのだと言わんばかりの宣言。
レオナルドの中にあった、スティーブンへの好感がくるりと反転するのは一瞬だった。
結局この人にとって自分は、神々の義眼の付属物以上の物にはなり得ないのだと、その言葉で理解して、ぎりぎりと胸が痛んだ。
それほどに見くびられているのかと、腹が立って仕方なかった。
何か嫌味の一つも言ってやりたかったけど、口を開けば涙が出てしまいそうで、ぐっと唇を噛んで頷く事しか出来なかった。それを聞かされる前ならまだしも、今となっては弱味の陰すら見せたくはなかった。
そんなレオナルドを見て薄く笑ったスティーブンは、いい子だと冷え冷えとした声で呟いて、そして。
最終的な目標は、神々の義眼に頼らずとも諱名を読み取るシステムを確立させることだと、にこやかに宣言して。
それが終わるまでは、君が神々の義眼を手放す事はけして承認しないと、仮にその機会が訪れたとして、何をおいても妨害すると、残酷にも断言した。


大層な脅し文句で始めたくせして、Mr.マッドによる神々の義眼の研究と調査は、案外と普通なものだった。
指示に従って義眼を使ってみせ、訳の分からない生物のような機械のような何かに身を任せて全身のデータを取られ、脳の中に詰まったレオナルドすら感知してない無意識の領域まで徹底的に情報をすくい上げられ、時に夢の世界まで覗かれる。
プライバシーもへったくれもなく、内側から外側まで丸裸にされて暴かれるそれは、確かに多少は非人道的であったかもしれない。人によっては大層憤慨して、即刻中止を求めるような。少なくともクラウスは、レオナルドにそこまで全てを差し出させる事に、心を痛めてしまいそうな。

けれど逆に言えばその程度。
義眼の状態を確認するためと身体にメスを入れられる事も無ければ、情報を洗うために脳を抜かれる事も無い。
ダメージを負うのは義眼が熱を持つ状況やパターン把握のためにわざと酷使する時だけで、それでも普段の戦闘の時に限界まで使うような、義眼が割れるレベルまでは要求されない。
Mr.マッドに徹底して研究材料扱いはされたけれど、その取り扱いは非常に慎重で、むしろ身体に傷を負った状態で訪ねれば大層立腹され、もっと身体を大事にしろと言われる。

ガミモヅとはえらい違いだな、と拍子抜けしたレオナルドは、精神面における神々の義眼の調査と称した面談の中で、ぽろりとそれを零した事がある。
些かプライドが高すぎ、研究に夢中な面があるとはいえ、それなりに会話は成立する相手だ。異界存在の中でも特に異形という言葉が相応しい、複数の頭と数十本の触手に似た手をウネウネと動かす様は、第一印象では意思の疎通が難しそうにも見えたけれど、少し話しただけで中身は理知的で合理的な人だとすぐ知れた。
世間話を楽しむような間柄ではないけれど、個人的な事を尋ねられる程度に警戒を解けるくらいには、レオナルドが理解出来る人格の持ち主だったから、つい口にしてしまったのだ。
直後にムッと顔らしき部分を歪めて不快感を示した彼に、しまったとは思ったけれど、どうせならとついでに、質問を重ねた。
百五十年物だと言う義眼を持っていたガミモヅすら解き明かす事の出来なかった神々の義眼について、果たしてレオナルドが生きているうちに解明出来るのか。本当にミシェーラの眼を取り戻す事は出来るのか、とも。
失礼なヤツだ、と憤慨してみせたMr.マッドはそれでも、激昂することなく、いいかね、と前置きをしてから説明を始める。そんな部分も、Mr.マッドを自称する割にはマトモだとレオナルドが思っている部分だった。

「そのガミモヅってやツァー、君ラの話を聞く限り、本質はコレクターかつ狂信者ってやつだロうネ。我々のような研究者とハ、在り方が違ウ」

ばっさりとガミモヅを切り捨てたMr.マッドの言葉を小気味よく感じながら、レオナルドは確かになと納得する。残念ながらそういった方面には疎いけれど、短い時間で接した感覚で、Mr.マッドはルシアナやパトリックに近い所がある気がしていた。職人気質というか、ストイックかつマニアックというか。
一方でガミモヅは、事件で接する事の多い違法物を収集しているコレクターや怪しげな宗教の教祖の方に似ていると言われると、しっくりくる。好意を抱く相手と一緒にしたくない身びいきが入ってるかもしれないけれど、ルシアナ達と似ているなんてちっとも思えない。
より身近な存在を思いついてしまえば、あんなものと同類にしてしまった申し訳なさが募り、ごめんなさいと心から謝罪する。全くだよ、と同意したMr.マッドだったけれど、その声色から苛立ちの色は薄れていた。

「そもそモだネ、貴重な研究材料の取り扱いかラしてなってないんだ、ソイツァー。現状確認された唯一の契約者なんだヨ、君ハ。神々の義眼を与えられタという事象を含メ、その義眼のみならズ君自体ガ貴重なサンプルなんダ。それをロクに研究すル事もなく、損傷を与えヨウとするなんゾ、阿呆としか言いようがナイ。取り憑いてサンプルの存在に介入するのハ、数多の実験を繰り返シ、眼に限らズ被検体の身体の他の部分にも何か特徴が出ては無いカ、隅々まで調べテから考えル事だろう。ソイツ自身の持っていタという義眼とノ比較実験も必要だネ。経年劣化の確認ヤ、バージョンアップの有無に本来の契約者ト移植した者の差異。そして契約の刻まれた場所や形ノ確認も重要ダ。これラはまずは何の手も加えない状態で調べルのが望ましイ。何が契約に影響ヲ与え、形を歪ませるカ分からなイんだかラ。他にモまだまダ調べルべき事ハ沢山あるのに、検証すら行おうトせずに先ず取りつこうとしタなんて、我々には信じらない愚行であル。仮にソの行動が契約に支障を与えなイと過去の研究成果においテ立証出来ていタとしても、やっぱりなっちゃイない。そノ成果が果たして君といウ個体にも適用しウるものなのカ、最低限の確認と検証実験すラした形跡が見えなイし、そもそもソイツ、君ガ諱名を読み取ル事が出来るのサえ事前に観測して無かったんだロう。実験へノ協力が得られない可能性を考えるナら、人質ヲ取って君に接触すル前に先ず、十分に観察してデータを取るべキだったと我々は考えるネ。観察するだけデも、得られるデータは膨大ダ。そレを怠っテいる時点で、全く信用ならン。挙句の果てに、換えのきく材料ならまだシも、唯一の生きたサンプルを壊そうトするなんて、ただの馬鹿ダ馬鹿。確かに現存すル神々の義眼の一つに傷をつけらレて腹を立てるのハまだ理解出来るガね、なぜそれデ君を殺して神々の義眼だけ抜き出そウなんて発想に至るノか分からなイ。そこハ損傷した義眼を分解しテ内部の解析用に回す事にしテ、君とイうサンプルを損なわなイよう一層慎重になルべき所だろウ。貴重なのハ神々の義眼だけじゃなく、ソレを身に宿す君を含めタ存在そのモのって事をちっとも分かっちゃいナい。或いは分かってテ君を羨み、あえテ義眼のみに価値があルと思い込もうとしたのかモしれなイね。後者なラ、研究を目的トするにハ整合性の取れないソレの一連の行動は、君への嫉妬が引き起こしタ嫌がラせと示威行為を兼ねタものだったとも考えれらレる。君ラから話を聞いタ限り、そちラの可能性ハ高いだろウ。どちラにせよ、愚かトしか言えなイ。だけど結構いるんダ、そういう馬鹿。特に複数の研究者が集まる場所ジャ、馬鹿が発生しやスい。功名心や嫉妬に本質を見失っテ、暴走しやすくなル。他者を出し抜くためだケに功を焦って、結果、大事なサンプルに傷をつけたりネ。全く、馬鹿馬鹿シい。一度傷をつケ形を損なえば、貴重な研究材料を永遠に失ウって事をちっとモ分かっちゃイナイんだ、やつらは。だかラ我々は、滅多なやツとは手を組まなイ。たかだか嫉妬ごとキに振り回されルような凡愚は、手打ちの電卓にモ劣る」

続いた彼の言葉に、少しだけレオナルドはぎくりとする。
実験のパターンや手順については、何が正解か分からないから、はあそうなんですかと相槌を打つに留まったけれど、その後半。貴重な研究材料の件は、一番始め、脅しを交えて聞かされたスティーブンの話によく似ていたから、つい聞き入ってしまった。

Mr.マッドが捕まった事件は、ざっくりと言えば異界生物の遺伝子の組み換えと掛け合わせによって産まれた殺人キメラが街に放たれ、少なくない人々が犠牲になったというものだ。けれどそれを実行したのはMr.マッドではなく、彼の研究結果を利用したやつらで、彼そのものの目的はキメラを創り出す事ですら無かった。彼自身の目的は、自身を改良して思考用とデータを保管するための脳を新たに作成してくっつけ、ついでに自由に動かせる手を数本増やす事にあった。殺人キメラはその前段階の研究の試作品かつ既に用済みのもので、Mr.マッドはそれがどう利用されようが興味すら無かったらしい。

その辺に大いに問題はあるしレオナルドとしても思うところはあるけれど、研究者としてという意味では、案外彼はマトモだ。彼が言う通り、決してレオナルドを損なうこと無く、貴重なサンプルとして扱っている。
もし、レオナルドがスティーブンの個人的な監督の元に、Mr.マッドに預けられることなく、牙刈りの本部という多くの研究者が存在するだろう場所に放り出されたら。
おそらく彼のいうところの、まともな研究者が大半だろう。上から下までそこまで狂ってるとは、さすがに信じていない。
けれどそこに紛れた、彼曰く暴走した馬鹿が現れたら。あっという間にスティーブンの脅しの内容が現実化していたかもしれない。Mr.マッドの話を信じれば、即日片眼を抉り出される事はなくとも、近い将来にはそうなっていてもけしておかしくない。そしてミシェーラの眼を取り戻す事も出来ず、馬鹿の自尊心を満足させるためだけに無為に消費される。

スティーブンの言葉を、全て疑った訳じゃない。可能性として有り得るとは思っていた。
けれど丸ごと全て信じた訳ではなく、あくまで可能性と考えていただけなのに、Mr.マッドの言葉を合わせればそれは、確実に発生する未来のように思えてくる。
脅しによって強制の形を取らされた現状が、ライブラに最優先に利益を還元するためだけでなく、まるでレオナルドの事も案じた結果のような気がしてしまう。
そうなのだと、信じたくなってしまう。

「それにダね、考えてもみロ。ヒューマーの世界でモ、百五十年前と今じゃア、技術レベルが違いスぎる。君ラの使うパソコンダって、たった数年でスペックが段違いだロう。オマケに数年前からはヘルサレムズ・ロットの発生で、異界と人間界の技術融合が進ミ、爆発的な技術の進化が発生していルところダ。我々も日々、新しい技術と理論ヲ吸収する事に脳の一つを割り当てていル。有能な研究者達とのコンタクトも欠かしテはいない。ヒューマーの技術の中でモ、コンピュータを介したネットワークは知識の共有に非常二有用だ。多少脆弱ナ面はあるガね。そんな最前線に身を置く我々にとっちゃア、持つ者への嫉妬に駆られた狂信者が費やしタ百五十年程度、誤差に含めル必要すらなイ。私情で歪められたデータなんゾ、役に立つどこロか下手をすれば足を引っ張りかねん。そりャア、明日完成させロって言われてモ無理だ。しかシだね、ヒューマーの寿命分ノ時間を費やしテ何の成果も出せなイほど、我々は無能でハない。現状デ進んデいる技術革新も鑑みて、十年以内にハ結果を出しテみせルと約束しヨう。我々を見縊るナ」

更に続けられた言葉も、レオナルドの中に巣食っていた疑念を解きほぐす一端を与えるには、十分な威力を持っていた。
ミシェーラの眼を取り戻すきっかけに繋がればと、釈然としない部分を抱えつつ、協力はしていたけれど、それがレオナルドやミシェーラの生きているうちに果たされるか、常に疑問に思っていた。ガミモヅが百五十年物の義眼だと言っていたのが、ずっと引っかかっていたのだ。
クソみたいなやつだったけれど、トビーに憑依して擬態した手際といい、監視用の小さな眼といい、レオナルドではとても実現出来ない知識や技術力を有する事を見せられ、けれどそんな存在でも義眼を創り出す事は出来ず、レオナルドの義眼を奪うべく目論む。それが少なくとも百五十年を経て得た結果だったのだ。
だから仮に今から義眼の研究に着手したとして、その結果がスティーブンの言うような諱名の読み取りに辿り着くまで、そしてミシェーラの眼を取り戻す事にまで結びつくのに、下手をしたら何百年単位で時間がかかるのではと疑っていた。
餌をチラつかせて協力させて、吸えるだけ情報を吸ったあとは、寿命でタイムアップなんて、いかにもありそうだと思うくらいには、疑念は深くレオナルドの心に根付いていた。

けれどMr.マッドの説明は、いとも簡単にレオナルドの疑念を打ち砕いてみせた。レオナルドにも分かりやすい形で喩えられたおかげで、俄然希望が湧いてくる。
手がかりもないまま闇雲に方法を探るしかなかった現状、気まぐれにかの存在が再び接触してきて、もう十分だと円満に契約を終了させてミシェーラの眼を返してくれるなんて、最低の奇跡が一番期待出来る事だなんて、しかもその奇跡を起こすことすら今のままじゃスティーブンに邪魔をされる可能性が高いだなんて、絶望に等しい状況に光が射し込んだのだ。
もしかして、本当に。
彼に協力してゆけばいつか、ミシェーラにもう一度、あの美しい景色を見せてやる事が出来るかもしれない。彼女の新しい家族の顔を、その瞳に写してやる事が出来るかもしれない。
たとえスティーブンの目的がそこになくても、諱名を読み取るシステムさえ完成すれば、ミシェーラの眼を取り戻すのを阻む存在はなくなるのだ。
その事実だけでも、随分と大きい

「それにだネ、おそラくその神々の義眼とやらハ、解析されるコトを考慮二入れテ作られていル筈だ。それに刻まれタ模様が根拠とナる。そこに隠されタ術式を解析さレたくナいのなら、何の手がかりも残さないのガ妥当だトいうのに、ソれはまるデ見せつけルように浮き出しすらすルではナいか。軽く観察した限り、ただのデザインとは考えにくイ。用途によっテ、微妙に文様の形が変化しテいるのが確認できテいるかラね。我々はそこ二何らかの意味が込められテいると考えタ。故に我々はそレがカメラとして存在するノみならズ、上位存在かラの挑戦状でもあるト受けとめテいル。マア、壮大なフェイクの可能性ハ否定出来ないガ、良質の問題を提示すル者は必ズ解を用意していルものだ。解けるにしロ解けないにしろ、そちラの方が問題を出す方としテも面白いかラね。そレを与えル際、法則としテ必ず周囲の者ノ視界を奪っテいる事からモ、一連の全てにルールが存在していル可能性は極めて高イ。だカら期待していロ、我が研究材料ヨ。それハ解の存在すル、明かされルべき謎ダ」

次々と産まれてゆく希望の芽に、レオナルドの期待は否が応でも高まってゆく。
もしかしてそれをスティーブンの口から語られていたら、レオナルドを誤魔化すだけの言い訳と受け止めたかもしれない。
けれど話したのは、Mr.マッドだ。プライドは高いし話は長いけれど、嘘はつかない。レオナルドをあからさまに研究材料扱いして、観察した結果が思わしくなければはっきりとダメだと口にするくらいには、正直だ。

「契約の解除についてモ、ちゃんと調べているヨ。それが分かれば、こちらかラかの存在に契約を持ちカける手段を見つける参考にモなるだろうシ。新たな呪術や別の技術を生み出スきっかけにナるかもシれなイ。ああ、デモ優先度は低イ。諱名が最優先ダ。ソレについテ何か分かっタとして、君に明かされル内容にも制限がかけラれている。スポンサーの意向にある程度沿ウのは、研究を続けテゆくのに大事な事ダからネ。彼は研究費モ渋らなイ良いスポンサーだ。これかラもいい付き合いをしていキたい。より良イ研究にハ、金が必要なのダよ。最終的には、ソレを取り出して分解したいトころだガね。ソレをするト……あア、コレは守秘義務の範囲だっタな。まあいイ、一部理由ハ告げらレないガ、我々がソレを実行すル可能性ハ極めて低イ。契約解除の手順にモ上位存在と接触できル可能性にモ興味があルのでネ。解除後の君に神々の義眼の影響が残るか否かモ観察しタいし、我々はまだ死にたクもない。上手くゆケば次の契約への道筋ト、他の義肢を与えられル条件も探る事が出来る可能性を鑑みれバ、義眼の確保は次に回しテ、今回は契約解除を選択しテもさほど問題はなイ。だかラ安心しテ、我々の研究に協力しテくれたまエ」

そして。
極めつけは、神々の義眼の契約についての話。
それもきちんと調べていると、耳にした瞬間、とうとうレオナルドの中に燻っていた疑念は綺麗さっぱりはじけ飛んだ。
優先度が低いという事には、腹が立つより納得して安心した。そこで何を置いても最優先に、なんて言われたら嘘くさくて、他の言葉の信憑性すら著しく損なわれる。
諱名が優先だと明言されたからこそ、信じられた。レオナルドを利用し尽くすだけでなく、きちんとミシェーラの眼を取り戻す手立てについても考慮に入れてくれている事を。
最悪、研究がある程度終わって諱名の読み取りが可能になった後も、義眼の返還は阻まれ死ぬまでずっと利用され続ける可能性だって考えてはいた。
けれどMr.マッドの話を聞く限り、スティーブンは宣言した通り、諱名の読み取りさえ実現出来れば、義眼の契約解除の手立てを探す道筋すら考えてくれていそうな素振りである。それだけでなくおそらく、義眼を取り出して研究に投じる事を禁じる程度には、レオナルドの身を案じるべき物の中に勘定してくれているらしいことも。

そうして知らされた事実は、レオナルドが抱いた不信を拭うには十分すぎるほどの力があった。