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「付き合ったらぁ、最初は手ぇ繋ぐだけで、それで、キスはせめて三回目から。あ、軽いヤツっすよ、ぶちゅーってヤツはダメー。んーで、五回目か六回目くらいでぇ、家に呼んで家族に紹介してぇ、ヤることヤんのは結婚してからがいいなぁ……。それが無理でも、んー、十回、デート十回プラス将来の約束つき! それならまあ、いいかなぁって」
べろべろに酔っ払って顔を真っ赤にしたレオナルドが語った、あんまりにもガキくさい清すぎるお付き合いの手順には、近くで聞いていたザップたちだけでなく、聞き耳を立てていたらしい構成員たちからも苦笑いが漏れた。
K・Kはやだレオっちカワイーとニコニコしていたけれど、扱いはまるで幼い子供に対するものでしかない。
そんな周りの反応にむうっと唇を尖らせたレオナルドは、だって、と拗ねたような声で続きを語った。
「トビーはすげえいいやつだったけどもし、ミシェーラが別のやつと付き合ってたとして、やっぱそいつにはミシェーラのこと大事にしてほしいしぃ、それに。ミシェーラだけじゃなくって、ツェッドさんとか、チェインさんとかあ、他の人たちもみぃんな。俺の大事な人たち、みんな、大事にしてほしいし、適当に扱われたら、ムカつくしぃ」
だから、俺も大事にしなくっちゃ。
だって、その、俺が付き合うかもしれない子も、誰かの大事な人だから。
そんな風に呟いたレオナルドの言葉に、場の空気はあっさりと色を変えた。
どこか呆れたような空気を纏っていたやつらが擽ったそうな表情を浮かべ、眩しいものを見るような目でレオナルドを見つめる。直接名前を挙げられたツェッドとチェインは勿論のこと、野次馬までそんな表情をしていたからザップは、面白くなくて小さく舌打ちをした。
「ふうん、じゃあ少年にとってザップは大事な人に入らないってこと?」
生暖かい空気に水を差したのはスティーブン。
まさしくザップをイラつかせた点を正確に突かれて苛立ちは増したけれど、遮ろうとした手はレオナルドの言葉によって止められる。
「ザップさんは、まあ、クズですけど」
大事とは正反対の言葉から始まったそれはしかし、だからどうでもいいには繋がらなかった。
でも俺、ザップさんのこと嫌いじゃないし。クズだけど、一緒にいて楽しいし、ムカつくけど大事だし。クズだけど、うん、すげえ大事。
すげー大事だからこそ、俺、ザップさんの生き方みたいなもん、歪めたい訳じゃないんすよね。
そりゃあなんつーか、理想みたいなもんは持ってたけど、それをザップさんに強制するつもりはないし、俺の常識にザップさん当て嵌める訳にもいかねーし。俺にとっての大事にする方法が、ザップさんにとってもそうとは限んねぇし、どっちかっつーと嫌がられそうだし。大事にしたいのに、嫌がられたら意味ねぇじゃないすか。
他の人相手ならヤッちまったら付き合ってるってことになっても、ザップさんにそんな常識押し付ける気ねぇし。なんかいつの間にかそういう関係になっちゃったけど、そこんとこはザップさんが何考えてるか全然わかんねーし、聞いたところでクズを極めたような答えが返ってきたらさすがに、俺だって多少は傷つくし。
だからたぶん、ちょっと度の過ぎたスキンシップ? みたいなもん? しちゃえるくらいには、俺のこと嫌いじゃねーのかなって勝手に思うことにして、じゃあそれでいいかって。
気まずくなりたくないし、離れるのもやだし、クズだけど、ザップさん、好きだし。すげえ、好きだし。
なんて。
最後の方は呂律も怪しくなりながらぐずぐずと話したと思えば、あっさりと寝落ちしてしまったレオナルドのせいで、会場の中の生暖かい空気と視線がザップにまで向けられてしまう。
全く本当に居心地が悪い。
「良かったな、ザップ。随分と大事にされてるみたいで」
「……んなの、ガキの寝言でしょ」
「まあ、ガキだな」
その中でも特に面倒なのが、レオナルドをつついた張本人だ。楽しげにザップをからかい、ついでとばかりにレオナルドに視線を向けてニヤリと笑う。
「まあ、相手がこんなガキだからこそ。お前も、一つくらい譲ってやれば?」
何を、とははっきり言わなかったものの、大体の察しはついた。
いつもならスティーブンの言葉には噛みつきがちのK・Kも、たまにはいいこと言うじゃないとバシバシとスティーブンの背中を叩いて賛同する。
ツェッドやチェインも物言いたげな視線を寄越してきて鬱陶しいし、やたらと嬉しそうにうんうんと頷くクラウスも面倒くさい。
けれどそれだけならまあ、許容できる範囲だった。
鬱陶しくて面倒だけど居心地が悪いだけで、普段ちっとも可愛げのないレオナルドの本音めいたものが聞けたのを差し引けば、それほど嫌な気はしない。
しかし依然として眉の間に皺を寄せて不貞腐れていたのは、照れくささを紛らわすポーズではなく、気に食わないものがあったから。
聞き耳を立てていた野次馬の中。
ついさっきまでは苦笑いを浮かべてたくせ、レオナルドの無防備な甘っちょろさを目の当たりにした途端、目の色に熱が混じった数人。
牙刈りなんてものに所属する大半の人間は、レオナルドの生きてきたような普通とは正反対の場所で過ごしてきた。だからこそレオナルドが簡単に差し出す甘さが時に、ひどく魅力的に見えるらしい。
ただのガキで、いつまで経っても甘さの抜けないヤツだとは常々思っている。
そして。
差し出されたその甘さにどっぷりと身を浸す心地良さは、ザップこそが誰よりも一番よく知っている。
今更それに気づいて欲しがるようなヤツらに、分けてやるつもりなんてこれっぽっちもない。
だからこそ。
レオナルドのことだ、ザップとヤッていれば他と掛け持ちするなんて器用な真似が出来る筈はないから、すっかり手に入れたつもりになっていたのに、それだけでは足りなかったらしいと分かったから。
ここで隙を見せれば、野次馬達の中に灯った熱が大きく育って、余計なちょっかいを出されてしまいそうな気がしたから。
にやにやと笑うスティーブンや生意気な視線を寄越すツェッド達の思惑通りに進むのは癪だったけれど、舌打ち一つで乗ってやることにした。
「……ガキの喜ぶデートなんて、何すりゃいいんすか」
渋々吐き出した言葉にすかさずK・Kが歓声を上げて食いついたから、舌打ち一つじゃ足りなかったかと後悔したけれどもう遅い。
女性陣を中心に野次馬からもデートプランの話が飛び交い、ザップを置いて話がどんどん進んでいく。
終いにはすやすやと呑気に眠るレオナルドを起こして、どんなデートをしたいかだなんて直接聞き出そうとする一群が現れたから慌てて止めて、そして。
一週間、デートをネタに散々遊ばれてからかわれるのと引き換えに、レオナルドには詳細を伝えない約束を取り付ける。
やたらと協力的な構成員たちの態度に首を捻っていたレオナルドには、裏にそんな事情があったことなんて。
ザップの生き方を歪めたくないなんてぐずぐずと甘ったれた事を言っていたガキに、とびきりの譲歩をザップから言い出した裏があったことなんて。
これからもずっと、一生。
レオナルドにだけは、教えてなんてやらない。