おまけの話


よくわかんね、と、画面の中、ちまちまと動くドット絵を見ながら、ザップは葉巻に火をつける。
めちゃくちゃいいんすよこれ、ストーリーが、とはしゃいだレオナルドが、ぜひにと勧めた昔のRPGゲーム。
自由度は低いくせに、レベルを上げなければ先に進めない。確かにストーリーは悪くはないけれど、やたらと手間のかかる、とびとびの映画を見せられているような感覚しかない。
操作にアクション性のあるものなら割合楽しめるものの、ボタンを連打するだけで戦闘が終わるところも、それを何度も繰り返さねば先に進めないところも、面倒なばかりでイマイチ面白さが分からない。

けれど、合間を見つけてはちまちまと性に合わないレベル上げをやっているのは、レオナルドが言ったからだ。

『三つ先の街のイベントめちゃくちゃいいんで、その前で止めといてください! 俺も見たい! 三つ先ですからね、三つ先! 街の名前? ネタバレ厳禁です!』

先の展開をものすごく言ってしまいたそうな顔をしてるくせして、ぐっと奥歯を噛んで我慢して、もどかしそうにザップを見る。
だからとりあえず、そこまでは進めてしまうつもりだった。

レオナルドは事ある毎に、やれどこまで進んだだの、誰を仲間にしたかだのしつこく聞いてきて、答えれば嬉しそうに、また懐かしそうに目を細めて、そこいいですよね、なんて楽しそうに笑って、俺がやってた時は、と昔話を語る。

その思い出の中には度々、ザップの知らない名前が出てきた。
ジョエル、アントニー、リック。
その三人が主な面々で、一度しか出てこない名前も含めれば、この三倍は存在する。
このゲームはアントニーの家でみんなでやったやつで、とか、ここでリックが怖がって泣いちゃって、とか、そんな思い出をゲームの場面と共に語るのだ。

そんなレオナルドのとるに足らない話を聞くのが嫌いではない一方で、ザップはどこかすっきりしない何かを抱いていた。

その、何かの正体に気づいたのは、少しして以前やったゲームの話を、レオナルドが口にした時。
そういえばあのザップさんがこの間やってたやつ、と話し出したその思い出には、以前とは違ってジョエルもアントニーもリックも、その他の名前も登場しては来ない。
あの時ザップさんが全滅してブチ切れてた、とか、酔っ払って自爆呪文唱えて雑魚キャラにやられた、とか。
話に出てくる全てがザップの名前に書き換えられていて、それに少し愉快な気持ちになっている事を自覚した時、ザップは悟ったのだ。

そりゃ、そうか。
だって俺、ジョエルもアントニーもリックも知らねぇし、これからも会うことねーし。
んな、知らんやつの話聞かされても、つまんねえわけだわ。

当然ザップというのはザップにとって一番馴染みのある名前だからして、レオナルドの話だって興味を抱きやすい筈だ。
どうせくだらない話を聞かされるなら、分かりにくいよりも分かりやすい方がいい。

だからザップは、レオナルドの思い出を、少しずつ上書きしていくことにした。
完全に変えてしまうのは無理だけれど、ザップと話す時は、ザップを基準として話をすればいい。

既にプレイしたゲームの話を蒸し返して、そこに出てくる名前がザップのものに変わっているのを確認するたび、楽しくなる。
レオナルドが全く自覚してなさそうなのも、いい。
気づかないまま、いくつかの思い出を取りこぼし、完全にザップとのものに変わっていたら。
想像するだけで、笑いだしたくなる。

罪悪感は当然ない。
だってレオナルドと過ごすのは、ジョエルでもアントニーでもリックでもなく、ザップである。
今も、これからも当分の間は、場合によってはその先まで。

だから多少思い出が上書きされたって、問題はない。
仮にザップ以外の誰かにゲームの話をするとしても、よくてライブラのメンバーかレオナルドのこの街での友人たちだ。
なら知らない名前が出てくる話を聞かされるより、ザップの名前が出てきた方がわかりやすいに決まっている。

そう、これは言うなれば、優しい先輩の親切だ。
レオナルドが、コイツの話マジつまんねーな、と思われないための。

何かの正体に自分なりの理由を見つけたザップは、それからはレオナルドの口から知らない名前が出てきても、何かを抱く事はなくなった。
むしろこれからこれが書き換わるのだと思えば、見知らぬジョエルの話も前より面白く聞こえるから不思議だ。

だからザップは今日も。
ヘルサレムズ・ロットの、とあるダイナーの一角で。
何が面白いのかわっかんねえわ、と愚痴りつつも、せっせとレベル上げに勤しむのだ。

レオナルドの言っていた三つ先の街のイベントとやらをクリアしてから見せてやれば、俺も見たかったのに、とさぞかし悔しがるだろうとか。
後で思い出した時に、あの時ザップさんが、とむくれるに違いないだとか。

また一つ、レオナルドの中の思い出が書き換わる事を想像して、楽しげに笑いながら。