明日は何して遊ぶ?


そういえば最近、見知った番号から聞こえる知らぬ声に呼び出されて、酔いつぶれたザップを迎えにいってないな、と。
レオナルドの部屋にて、安酒の瓶を抱えて機嫌よく鼻歌を歌うザップを適当にあしらっている最中、ふと思った。

気づいたのは、レオナルドよりも周りの方が先。
最近、あの人大人しいですね、と。
顔を出したライブラの事務所にて、たまたま顔を合わせたツェッドと軽く話をしていた最中のこと。
特に何の前触れもなく出た言葉だったけれど、少し呆れたような口調でツェッドが語る心当たりは一人しか居なかったから、あの人というのが誰を指すのかはすぐに分かった。

レオナルドは最初、否定しようとした。
いやいや、全然大人しくないっすよ、毎日無駄に煩いし、なんて笑って答えようとしていたのに。
それを口にする前に、二人の会話が聞こえていたらしいスティーブンが先に、確かにな、と同意した。

ツェッドのみならず、スティーブンにまでザップが大人しいと言われてしまったから、レオナルドは否定の言葉を一旦飲み込んで少し考えこむ。
が、すぐに、やはりそれは正しくないとの結論が出た。
だって今日だって朝から、わざわざ用意した朝食が貧相だの物足りないだの散々文句を言ってきたし、バイトに向かう準備をするレオナルドをよそに、携帯ゲーム機を弄っていちいち「よっしゃ!」だの「くっそ、こいつぜってーぶっ殺す」だの一人でぎゃあぎゃあ騒いでいた。どう考えても、大人しいとは対極にある。静かなのは葉巻に火をつけて少しの間くらいで、それ以外の時は大体騒がしい。

だからそれをそのまま二人に伝えたというのに。
まるで食べられない事はないけれど好んで食べたくはない物を無理矢理口に突っ込まれて、吐き出す事も出来ずに仕方なく咀嚼しているような、そんな。
なんとも言い難い顔をした二人に、そういう事じゃなくて、と首を振られる。
女性に刺されたり呪われたり、変なドラッグを掴まされてバッドトリップで使い物にならなくなったり、賭博場で問題を起こして変な事件を持ち込んできたり、等々。
そういう面倒事、起こしてないでしょう、とツェッドにため息と説明されたレオナルドは、再びまさかザップさんがそんな有り得ない、と否定しようとして、動きを止める。

改めて思い返してみれば、ここ最近のザップの行動にそういった類のものが含まれていなかったのだ、ツェッドの言う通り。
その事実に指摘された初めて気づいたレオナルドは、ひどく驚いて、ぽかんと口をあけた間の抜けた表情のまましばし固まった。

「レオ君が一番あの人と一緒にいる時間長いのに、気づいてなかったんですか」
「いやあ、その、僕の中のザップさんって、息吐くのと同じレベルで問題起こしてるイメージしか無かったんで。こう、勝手に何かやらかしてる気がしてて、あはは……」
「……さすがにそれは酷い気が……いや、分かりますが」

さすがにザップに向けるものと同じまでとはいかないものの、系統的には似ている呆れた眼差しでツェッドに見つめられ、ちょっと居心地が悪くなったレオナルドはそろりと目をそらしながら、もごもごと言い訳をする。
ザップに対して割とひどい言い草だったものの、一旦は咎めかけたツェッドも途中で仕方ないとため息をつき、聞いていたスティーブンも自業自得だとため息一つで同意する。

そんな三人の間に流れた微妙にどんよりとした空気を払拭したのは、どすどすとわざとらしく派手な足音を立ててやってきたザップ本人だった。

「いつまでかかってんだよ。オラ、終わったんならとっとと行くぞ」
「あ、ザップさん。じゃあ僕はこれで」

ぱあん、と勢いよく開け放った扉の外、事務所の入り口から中に入らないまま、ツェッドとレオナルドを交互に見たザップは、少し顔を顰めて舌打ちをする。すぐにスティーブンの存在に気付いてしまった、と言いたげに表情を変えると、少々慌てた様子で顎をしゃくってレオナルドを呼んだ。
それにさして抵抗することなくあっさり従ったレオナルドは、ツェッドとスティーブンに軽く会釈をして、既に踵を返したザップの後を追う。

帰り、マーケット寄ってくださいね。野菜買いたいんすよ。
いらねーよ野菜なんて。肉買おうぜ肉。

なんて、そんな。
閉まった扉の向こうから微かに聞こえるザップとレオナルドの声を耳にした、スティーブンとツェッドは。
無言で顔を見合わせ、同時に深いため息をつくと、そのまま何も言わずそれぞれの仕事に戻った。


ランブレッタに二人して乗り込んで、少し遠回りをして当面の食材を買い込み、レオナルドの部屋へと帰る。
そのままベッドに寝転がろうとしたザップの背中を押してバスルームに放り込んでから、冷蔵庫に食材をしまって夕飯の準備に取り掛かる。
自炊を始めたのはごくごく最近なので、大したものはつくれない。
パンに火を通して、ペッパーを振ったチキンを焼いて、茹でた野菜を添えるくらい。料理と言えるかすら、微妙な代物だ。
だけどとびきり美味くもない代わりに、食べられないほど不味くもない。
それに加えて今日は、昨日作った痛みかけた冷蔵庫の残り物を適当にぶち込んだスープまである。いつもに比べればちょっぴりゴージャスだ。

ほぼ毎日のように部屋にやってきては、手伝いなんぞしないくせにゴロゴロくつろぎながら口だけは一人前に挟んでくるザップの分も、一応ちゃんとある。当然食費は、払ってくれない。
けれど意外な事に、以前よりも金に困る、なんて事にはなっていなかった。どちらかといえば、前より余裕のある月が増えた気がする。レオナルドとザップ、併せて二人分の食費が出て行ってるというのに、だ。
原因は、自炊するようになった分外食が減って、そこそこ食費が抑えられるようになったのに加えて、外出する時はザップと一緒の事が多くなったために不測の出来事、主にカツアゲによって、奪われる分が大幅に減ったから。

そもそも自炊のために食材を買いに出かける事すら、以前は簡単に出来なかった。
ヘルサレムズ・ロットで一人暮らし始めた頃は、何度か自炊に挑戦してみようとしたのだけれど、残念なことにレオナルドは結構な頻度でガラの悪い存在に絡まれやすい。
結果、食材を買いに出かけた帰りに絡まれて荷物ごと奪われたり、金を奪うついでに嫌がらせで中身をダメにされたり。奇跡が起こって家まで辿り着けても、道中気を張って遠回りを何回もしたせいで、それだけで疲れきってしまい、料理をする余力が残っていない。
そんな諸々の経験を経てレオナルドは悟ったのだ。
多少割高に思えても、食べられる時に最初から出来上がったものを、その場で食べた方がいい、と。

けれど無事に食材を守りきって、しかもさほどの苦労もせず余力を残したまま、部屋まで帰れるとなると、話は変わる。
ちょいちょいと部屋にやって来るようになったザップに、思いつきで頼んでみたらマーケットに連れて行ってくれて、お礼にと作った食事を気前よくわけ与えれば、クソまずいと散々貶したくせして、全部平らげてお代わりまで要求した。
そしてそれからも定期的に買い出しに付き合ってようになったので、レオナルドも本格的に自炊を始めることにしたのだ。

じゅうじゅうと賑やかなフライパンから肉が焼ける匂いがしてきた頃、シャワーのコックか閉まる音がして、少しもしないうちにザップがバスルームから戻ってきた。バスタオル一枚腰に巻いただけで、ろくに体も拭かずぽたぽたと水滴を垂らしながらぺたぺたと部屋の中を歩き回り、そのままの恰好でベッドに腰を下ろしたので思わずレオナルドは抗議の声をあげた。

「ちゃんと体拭いてくださいっつってるでしょういつも! あー、もう、シーツ濡れてんじゃねえか! せめて床に座れ床に!」
「モー、陰毛くんはうっせーなあ」
「アンタが何回も言わせるからでしょう! 肉食わせねーっすよ!」
「あーはいはい、分かったっつーの」

面倒くさそうにレオナルドの文句を聞き流していたザップだったけれど、夕食を盾に取られれば渋々場所を移動する。そうして腰に巻いたバスタオルを外すと、適当に体全体を拭いて最後に軽く頭を拭いたあと、部屋の隅に置いてあった洗濯籠にぽんと放り込んだ。バスタオルの下に下着はつけてなかったものの、特に気にする様子もなく全裸でくつろぐザップに、レオナルドが重ねて何か言うことはない。
最初のうちはそれこそ、口を酸っぱくして服を着ろ、せめてパンツ履けよと言っていたが、一向に改まる気配のないザップに、レオナルドの方が先に慣れてしまった。犬猫が服を着せられて嫌がるようなもんと同じか、と納得したとも言える。
シーツが濡れると寝る時に気持ち悪いから困るけれど、全裸のザップは慣れてしまえば壁の染みみたいなもんで、何かあれば気になるけれど普段は全く意識に上がらない、そのようなものに分類されてしまっている。

「ザップさん皿ー」
「んー」

それに、ザップが全裸である事で多少良かった事もある。
服を着ろと要求した後に、じゃあ服着なくていいんで皿出してください、とか、服着なくていいんでちょっとそれ取ってください、とか。
服を着なくていい、という言葉をつければ、簡単な頼みなら比較的聞き入れる事が多い。そうして習慣になったもののうちのいくつかは、服を着なくていいと付け加えなくなってからも、未だに継続している。
今ではザップが服を着ていようが全裸であろうがさして気にはならないけれど、たまに何か頼み事がある時は、レオナルドはその言葉を盾にする。

そんなとっておきを出すまでもなく、小さな食器棚からザップが出してきた大きめの皿に焼けた肉を乗せ、その脇に茹でた野菜を盛って適当に塩を振る。タイミングよくチンと音をたてたトースターからパンを取り出し、皿の脇に無理やり乗せれば出来上がり。
それをザップに任せたあと、マグカップにスープを注いで部屋の真ん中に移動してローテーブルの前に腰を下ろし、神に祈りも捧げず手をつけて食べ始めた。

「ちょっと野菜こっちに押し付けないでくださいよ」
「代わりに肉もらってやるよ、オラ寄越せ」
「ぜってーやんねー! アンタどうせ後で酒飲むんだからんな食べなくていいでしょ」
「バーカ、酒と飯は別モンだっての」

食事中の風景は、おそらくスティーブン辺りに見られたら眉を顰められそうな程に、二人とも行儀が悪い。ザップが伸ばしてくるフォークをレオナルドも同じくフォークで弾き返して、げしげしと机の下に伸びた足を蹴りあいぎゃあぎゃあ騒ぎながら、急いで腹の中に詰め込んでゆく。
食事にかける時間はおよそ、十分程度。大抵は一口か二口分、ザップの腹にレオナルドの皿から収められてしまうことが多い。

あっという間に食事が終われば、皿も下げないまま、ウノを一回。
遊んでいる訳ではない。皿洗いをかけた、真剣勝負だ。
二人なので、ルールは少し変則的。リバースはスキップと同じじゃつまらないから、ドロー6で。
勝敗は、今のところ五分五分で拮抗していて、今日のところはレオナルドの勝ち。
腹立ちまぎれにべしりと頭を叩いてから、渋々皿をシンクに持ってゆくザップに向けて、レオナルドがうっかり勝ち誇った顔をしてみせたせいでもう一度、ご丁寧にわざわざ戻ってきたザップに、一度目より強く頭を叩かれて舌打ちをされる。
それでも勝利の味は心地よく、痛ぇ、と頭を撫でつつも、上機嫌でベッドに寝転んだレオナルドは、バイト先で貰った雑誌をぱらぱらめくって眺めた。

皿洗いといっても、大した量はない。フライパンや包丁は既に洗っていたから、皿とマグカップが二枚ずつ。
すぐさま終えて戻ってきたザップはその手につまみと酒瓶を抱えていて、さっきまで座っていた場所にどかりと座りこむと、コップにも注がずに直接瓶に口をつけて、水を飲むがごとく勢いよく胃の中にアルコールを流し込み始めた。
これがレオナルドの準備したものなら、もっと大事に飲んでくださいよと嫌味の一つも言うところだけれど、酒の類は基本的にザップが自主的に持ち込んでいるものなので、そこまで口を出すことではない。

「そーいや、今日アイツは? ソニック。いねーじゃん」
「ああ、デートですよデート。なんか、音速猿のかわいい友達ができたみたいで」
「まじかよやるじゃねえかアイツ。っつーかお前、ソニックに負けてんのか、やべえ。さっすが童貞くん」
「うるせえ」

そういえば、と今更ながら、ソニックの不在に気付いたらしいザップの言葉に、雑誌を眺めたまま事実を伝えれば、うひゃひゃひゃひゃと笑っただけでなく、「陰毛童貞チビ糸目~」と呼び名とみせかけたただの悪口の羅列に、でたらめな節をつけて上機嫌に歌いだした。
さすがにむっとして振り向き、酒を呷りながら機嫌よく笑うザップの姿をようやく視界に入れた時、レオナルドは、ふと。
ツェッドたちとの会話を思い出して、そのまましげしげと、ザップを上から下までじっくりと眺めた。

ザップが酔っぱらった姿は、ほぼ毎日のように見ている。レオナルドの部屋で。
逆にその姿がないと、違和感を覚えるくらいには、しょっちゅう見せられている。
だけどもっと前は、それを見るのは違う場所でもだった。

たとえばどこかの、酒場のカウンター。酔いつぶれたザップのスマホから連絡をかけるのは弱り切ったそこのマスターで、物腰は柔らかにでも強引に飲み代を請求され、どれだけ探っても出てこないザップの財布にとうとう諦めて、レオナルドが立て替えた事も一度や二度ではない。当然立て替えた金は、このヘルサレムズ・ロットにおいても、余程の奇跡が起きない限り、戻ってくることはない事は確定している。

だけどここ最近は、外で酔いつぶれたザップを迎えに行ったこともなければ、立て替えたせいで財布に大ダメージを受けた事もない。
おかげで懐に余裕が生まれ、それなりの生活を送りつつミシェーラへの仕送りの額を気持ち、上乗せ出来る月も増えた。
元々レオナルドのものだったものが、正しく手元に残っただけなので別に感謝はしていないけれど、それは間違いのない事実でもある。

だから。

「ザップさん、最近ドラッグやってないっすよね」
「あん? なんだよオメー、興味あんの? やめとけやめとけ。ただでさえお前、ド変態眼球くせして、クスリまでやったら洒落になんねぇぞ」
「やんねーっすよ。俺じゃなくてアンタが、最近やってねえなって話。さっき事務所で話してたんすよ。ザップさんが最近愛人さんとかドラッグで失敗してないなって」
「お? そうだっけか?」

何の気なしに話を振れば、なぜだかレオナルドがドラッグに興味があるがごとく勘違いされたので、慌てて首を振って、ツェッドたちと話した事を、掻い摘んて話す。
最初、ピンときていなかった様子のザップだったけれど、少し考え込んだあと何かに気づいたようにハッとして、驚いたように目を見張った。

「……マジだわ、やっべえ俺すごくね?」
「すごくはねえっすけど」
「いやいやいやだってオイ、俺ここんとこ刺されてねぇし呪われてねーし! 変なクスリ掴まされてもねえ! ギャンブルで有り金すってもねぇわ! つーか行ってねえ! やっべ、すごくね?!」
「……なんか、改めて聞くとホントろくでもねえな、アンタ」

どうやらレオナルドと同様、ザップ自身もその事実に気付いてなかったらしい。
はしゃいで自画自賛して褒めろと要求するザップに、わーすごいザップさんと平坦な声で適当に声をかければ、怒るどころかますます嬉しげに胸を張り始めたので、面倒になってレオナルドは微妙に話題の矛先を変えた。

「でも、何でっすか? あんだけスティーブンさんにガッチガチに怒られても、性懲りもなく同じこと繰り返してたのに」
「ん? んー……」

その理由を尋ねると、再び考え込んだザップは、しばらくの後、どこか釈然としないような顔つきで、首を捻る。

「暇じゃねぇから?」
「え、アンタが暇じゃなかった誰が暇なんすか。ライブラの出動要請って立て込む時はえげつないですけど、なんもない時はほんとなんもないっすよね」
「だーかーらー、そのなんもない時が暇じゃねぇんだよ、最近」

レベル上げなきゃなんねーし、とザップが振ってみせたのは、携帯のゲーム機。レオナルドが一緒の時や事務所で時間を潰す時は、多人数でプレイできる狩りゲームをメインでやっているけれど、ザップ一人の時はRPGをメインにやっているらしい。
最初はちまちまレベルを上げるスタイルや、プレイヤースキルでどうにもならない点が合わなかったようだけれど、オンラインストアで昔レオナルドがプレイしたことのあるオススメを見つけて、いくつかダウンロードしてプレイしていたら、いつの間にかザップも同じタイトルを購入していた。レオナルドがプレイしてるのを横から見ていて、気になったようだ。
さすが名作は時間が経っても名作だと少し得意になったレオナルドは、他にも昔夢中でプレイしたゲームを見つける度、ザップに勧めている。

レオナルドは基本的にほぼ毎日バイトを入れまくっているので、残念ながらそのタイトル全てを再プレイする時間はとれない。
けれどザップがプレイするのを一緒に見ているだけで、懐かしさが蘇ってくるし、セオリーから外れたザップのプレイの仕方は突拍子もなくて面白いし、ストーリーについてネタバレをしないよう隣で必死で堪えながら、予想外の展開に驚くザップを期待してニヤニヤと眺めるのも楽しい。

だからザップがゲームをしてる姿を見るのは嫌いじゃないし、何より自分の勧めたものに、それほどザップが熱中してる事がすっかり嬉しくなってしまったレオナルドは、要するにゲームしまくっていると言われただけなのに、そりゃあ確かに忙しいですね、と同意してしまう。

「肉の安いマーケット探さにゃ飯が貧相になるし、サラとかエレーナ辺りは機嫌とらな面倒い事になるし、陰毛くんが金取られたら俺の飯が消えるからわざわざ迎えにも行ってやってんだろ。ほれ、めちゃくちゃ忙しいだろうよ、俺。トんでる暇ねぇんだよ」
「なんか、比較的健全な理由ですね。買い出しについては、まあ、感謝しないでもないです」
「ああん? そこは拝み倒して感謝しとけよ」
「や、だってザップさんの食費俺持ちだし。それくらいはしてもらっても罰はあたんねーっすよ」
「クッソ生意気だわー」

最初は釈然としていないようだったけれど、話すうちに納得がいったのか、マジ俺忙しいわー、となぜか再び、得意げな顔でレオナルドを見る。
その他に挙げた理由も、愛人関係は紛れてるとはいえ新しく増やすべく動いてるのではなくちゃんとフォローに回ってる点ではマシな方だし、自分の飯のためとはいえレオナルドにも利がある事が多かったので、一応は感謝の言葉を告げた。
その反応が不服だったのか、途端に得意顔を引っ込めて拗ねたように口を尖らしてしばらく文句を言っていたザップだったけれど、ふと、真顔になって、ぽつんと呟いた。

「マジで、すげえ暇だったんだわ、呼び出しなきゃ何もすることねーし。後始末の書類とか作らされんのはめんどいけど、戦ってる方が暇じゃなくて良かったっちゅー」
「だからドラッグ? なんつーか、極端っすよね、ザップさん」
「ばーか、気分いーし気持ちいーし、んで、気付いたら明日か明後日だ。暇つぶしには丁度いいだろ。キメてない時は、女のとこ行ってヤッて、酒飲んで、ギャンブルで盛り上がって。そうでもしねえと、マジやること無くて暇で、つまんねーじゃん」
「暇つぶしが無駄に爛れまくってるなアンタ……まあ、ある意味納得しましたけど」

だって暇だったから、と諸々の所業をその一言で片付けたザップに呆れた顔を隠さなかったレオナルドだったけれど、一方では、今はその暇つぶしが酒と女に絞られている辺り、暇を持て余している時間が減ったのだと解釈して、嬉しいような恥ずかしいような、擽ったい気持ちになる

なぜなら、割と。
いや、かなり、結構、大きな割合で。
レオナルドとザップは一緒に過ごしていて、その時間をスキップして明日に飛ばしたいとは思わない程度には、つまらないとは思っていないって言われたようなものだ。

見下げ果てた部分も多いとは思うものの、レオナルドはザップと過ごす時間が割と気に入っている。
煩いと文句を言いつつ、ザップが部屋に来て騒げば、寂しさを感じる暇もない。たまに本気でムカつくけれど、遠慮なくずけずけと何でも言えるからずっと一緒に居ても苦じゃない。

つまるところ、単純な話。
ザップと居るのは、楽しい。

だから。
ザップの方も、レオナルドといる時間をつまらないと思ってないことが。
おそらくは、楽しいと思っているだろうことが。
ひどく、嬉しかったのだ。

その辺をザップに伝えればからかわれそうなので言うつもりはないし、ザップに気付いた事を指摘すれば拗ねそうだからそちらも口にはしない。

だから、その代わりに。
この話は終わり、の合図のように、ぽんと手を叩いて。
それから、いかにも今思い出した風を装って、そうだ、と声をあげる。

「今度の木曜、バイト入ってないんすけど、どっか行きません? 俺、あれ見たいんすよ、今やってる写真展。来週の日曜までだし、終わる前に行っときたいです」

本当は、ツェッドかリールを誘おうかと思ってものだったが、なんとなく、ザップと行きたくなった。
分かりやすく、一緒に遊びましょうと、誘い文句を差し出してみたくなった。
幼い頃、友達としたみたいに。
遊ぶ約束を、したくなった。

「……仕方ねーから、連れてってやるよ」

そして、差し出した約束を。
多少間はあったけれど、満更でもなさそうに、ザップが受け取ったから。
機嫌よく笑ったレオナルドは、楽しみだなあ、と呟いて、頭の中のカレンダーに丸印をつける。
遠い昔、友達と遊ぶ約束をした時、そうしていたように。