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「レオ、レーオ?」

あれ、おかしいな、と思ったのは、二本目の缶を空にした辺りから。
なんだかやけに頭がふわふわしてきて、口に出した言葉が少し、遠くに聞こえる。
なんですかザップさん、と呟いた声が、ちょっぴりひっくり返ってしまい、それが面白くてくすくす笑えば、何が面白いのかわからないけれど何もかも面白くなって、始まった笑いがなかなかとまらなくなってしまう。頭のどこかでは、おかしいと分かっているのに、楽しくて仕方がない。

だから、それも、おかしいなと思ったけれど、簡単に受け入れてしまった。
いつのまにか目の前に迫っていたザップの顔。
距離の近さに疑問を抱くより先に、綺麗な顔だなと感心してまじまじと見つめていると、更に近づいてきたその唇に、唇を塞がれる。

あ、キスだ、と思った。
至近距離で見ても、やっぱり綺麗な顔だな、とも思った。
唇って結構柔らかいんだな、とも思った。
けれど、嫌だ、とはちっとも思わなかった。

ちゅ、ちゅ、と啄むように触れる唇の感覚がくすぐったくて、くふふと笑って身を捩る。軽い接触が何度も続くうち、むずむずとしてきたからそれを落ち着かせようと唇をぺろりと舐めると突然、触れるだけだったザップの唇が強く押し付けられた。
唇の隙間から強引にねじ込まれた舌にべろりと上あごを舐められ、思わず身を固くすれば、宥めるように柔らかく舌をちゅうちゅうと吸われる。同時にほんのりと苦い酒の味が口の中に広がったのが嫌で、ぱんぱんとザップの背中を叩いて解放を願うも、なかなか離れていってはくれない。
尖らせた舌先で歯列を丹念に舐められればぞわりと腹の下に熱が灯り、送り込まれる唾液で溺れてしまいそうになる。苦しくて押し返すように伸ばした舌に、軽く歯を立てられて吸われれば、まるで食われてしまうような錯覚に陥って怖くなる。
とうとう息が出来なくなって、苦しさに自然と流れ落ちた涙を拭う事もせず、必死で首を振って逃れて、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだのも束の間。
すぐに追いかけてきたザップに掴まって、下唇の表面を濡れた唇でなぞられ、軽く食まれて吸われるだけで、腰が砕けそうになった。
もぞもぞと無意識のうちに太ももを擦り合わせた中心にあるそれは、いつしかすっかりと硬くなっていた。

「レーオ。息継ぎの仕方、教えてやるから、な? 鼻で息して、んで、合間で口でもするだけだ。簡単だろ?」

とろり、蕩けるような甘い声でレオナルドの名前を呼んだザップの言葉に、返事をする前に再び、ぱくりと唇を食べられてしまう。
奥の方まで舌を伸ばし、口の中を余すところなく舐めまわしてくるザップの動きに、やはり途中で息が続かなくなった頃、ぼんやりと霞む頭でザップの言葉を思い出して、思い切り鼻から息を吸った。
その勢いが些か良すぎたらしく、レオナルドの鼻がずずっと音を鳴らすと、ぴたりと動きを止めたザップが、あやすようにぺろりと舌先を舐めながら、触れた唇にやんわりと笑みの形を浮かべる。
そのままふにふにとレオナルドの上唇を食んだザップは、最後にちゅ、ちゅ、と軽いキスをしてからようやく離れてゆき、指でレオナルドの首筋を擽りながら、目を細めて笑った。

「ヘッタクソ」

反射的にレオナルドの口は、何かを言い返そうとしたけれど、それが音になる事は無かった。ちろちろと指で弄られていた首筋を今度は舌でなぞられ、言葉の代わりにひっと喉奥が引きつったような音が漏れる。

けして気持ちよくなんてなくて、ただ擽ったくてむず痒いだけの筈だ。
なのに、丹念に舌を這わされ、また指で擽られ、それを数度繰り返すうち、擽ったさとは違う何か別の、熱のようなものがぽつぽつと灯ってゆく。
キスで硬くなったレオナルドのものは萎える気配すら無く、一層張り詰めてゆく。

「ザップさ、っな、んか、へんっ……!」
「違うだろ、レオ。ヘンじゃなくて、気持ちいー、だろ?」
「やっ、違っ、ヘンっ、へんなの、がぁっ!」
「ほれ、気持ちいー気持ちいー。言ってみ?」
「あっ、ヘン、やっ、きもち、い……んあぁんっ!」

たまらなくなってザップに縋ったけれど、指も舌も止めてはくれない。むしろより一層熱心に、特にむずむずと変な感覚のある場所を集中して触ってくるから、いよいよ熱がぶわりと膨らんでしまう。まるで首筋から全身に向けて、ポンプで熱が送り出されてゆくような錯覚を抱く。
それが気持ちいいだなんて、ちっとも頭は理解していなかった。なのにザップに誘導されるままにそれを口にすれば、ぐるぐると身体を巡る熱が一気に形を持ってうねるように波打ち、次の瞬間、ぱちんと弾けた。
まるで自慰をして上り詰める時のような衝撃が腰を突き抜け、同時に正体不明の感覚が一瞬にして快楽と結びつく。

「ははっ、イっちまったのかよ、エッロ。ほれ、もっと言えよ、気持ちイイって」

その衝撃は気のせいではなく、正しく果てた時のもののようだった。楽しげに笑うザップの言葉でようやくその事実に気づき、触れてもいないのに達した事に呆然とする。そのまま射精後の倦怠感に身を浸すも、熱を生み出す手の動きは止まってくれない。
いつの間にか綺麗に剥かれてしまったレオナルドの肌を、さわさわと触れるか触れないかの微妙なタッチで這い回るザップの指に、放出した筈の熱がまた、じりじりと炙られてゆく。

「も、やだ、気持ちい、の、やぁっ!」
「なぁんでだよ、レオ。気持ちイイんだろ? もっとヨくなりたいだろ?」

レオナルドの性欲は、それなりだ。人並み程度にはあるけれど、週に二三度処理すれば落ち着くくらいで、それ以上は特にしたいとも思わない。一人でする時は、一度出せばそこで終わりで、続けて二度三度と励む事はなかった。
それがレオナルドの中での常識なのに、出したばかりの身体に追い打ちをかけるように与えられる刺激が、その常識を打ち破って更なる快感を引き出してゆく。
その、経験したことのない感覚に煽られて荒い息を吐くうちに、次第に怖さが喉奥から、せり上がってきた。
なのに本気で抵抗する事が出来なくて、どこかではその指から与えられる熱をもっともっと味わってしまいたくて、止めてほしくないと願ってしまう。
相反する己の思考に混乱したレオナルドはとうとう、小さな子供のように恥も外聞もなく、ぼろぼろと涙を流した。
レオナルドが本格的に泣き始めるとすぐにザップの手が止まり、少し慌てたようにぎゅっとレオナルドを抱きしめて、「レオ、なあ、どうしたレェオ、泣くなよレオ」と、ひどく優しげな声で囁きながら、震えるレオナルドの背中をゆるりと擦る。

「だっ、だって、ザップさん、こわ、こわいぃぃ」
「何が怖いんだよ」
「ずっと、気持ちい、の、こわい、へんっ。俺、も、イッたのにっ!」
「変じゃねえよ。何回でも気持ちよくなっていーの。気持ちイイのに一回で終わる方が変だろ」
「ほ、ほんと、に?」
「ほんとほんと」

ひっくひっくとしゃくりあげながら、正直に怖いのだと伝えれば、背中を擦る手つきが一層柔らかなものになる。
そのまま、優しげな声音で変じゃないと耳元
で囁かれれば、少し安心してしまって、ほっと身体の力を抜いた。
するとまるでそのタイミングを見計らっていたかのように、唐突に背中に回った手の動きが一変した。
あやすような穏やかな動きが、何か探すような怪しげなものに変わって、つっと背骨に沿って上に撫であげられれば、息を潜めていた先程までの快感の余波が身体のあちこちで蘇り、あっという間に熱に呑み込まれてしまう。

「気持ちいーだろ、レオ?」
「ん、んっ、気持ちい」
「こっちも好きなんだよなーレオ君は」
「やっ、だめっ! いい、からっ、だめぇっ!」

嬲るように何度も何度も指で背中を触りながら、ついさっき散々撫で回されて舐められた鎖骨に舌を這わされる。二箇所を同時に責められて、与えられる快感の処理に思考が追いつかないまま増えてゆく熱量に翻弄されるレオナルドは、必死でザップの頭にしがみついて、訳も分からずただただ嫌々と首を振る。
一度止まった筈の涙も、再びだらだらと流れ始めていたのに、もうそれを見てもザップは止まってくれなかった。
触れる指は離さないまま、鼻歌でも歌いそうなご機嫌な顔でちゅっとレオナルドの涙を吸い上げ、「いーい顔してんなぁ、レオ」と蕩けきった声でザップが囁いたのを聞いたのが、なんとかまともに覚えている最後の記憶。
あとは足の先から、頭のてっぺんまで。
触って、舐めて、抓って、しゃぶって、撫でて、舐められて。合間にキスを挟んで、また最初から。
何度も何度も繰り返し、執拗に煽られて嬲られて、燻る熱を放つ間もないうちに新たな熱が追加されてゆく。
散々気持ちいいとうわ言のように繰り返して、与えられる刺激にどこもかしこも呑み込まれてしまったレオナルドは、そのまま。
己が何度果てたのかも分からぬうちに、泥のような快感にゆっくりと意識を沈めていった。


どこか遠くから聞こえる水音で、レオナルドは唐突にはっと意識を取り戻した。
すぐには自分の置かれた状況が理解出来なかったが、訳の分からないなりに、視覚から飛び込む情報を手当たり次第に取り込んでゆく。
目の前には裸のザップがいて、自分は向かい合ってその胸に凭れ掛かるように座っていて、肌に何か温かいものが降り注いでいて、と。
そこまで状況を把握した時点で、ようやく頭がまともに思考を始めて、そして。
先程までのあれやこれやが一気に脳裏に蘇ってきたレオナルドは、ぎゃあと情けない悲鳴を上げてザップから飛び退こうとした。
しかしそれはうまくいかない。
後ろに下がったつもりのレオナルドの背にはすぐに何か硬いものが当たって逃げ場がなくなり、ろくに距離も取れないまま、あっさりとザップに掴まって腕を引き寄せられる。

「んだよもう起きたのかよ。せっかく寝てる間に済ませてやろうと思ったのに」
「ザ、ップさん、えと、これは、一体」

呆然として辺りを見回したレオナルドはようやく、そこがバスルームであることに気づく。目覚めた時に聞いた水音は今も上から降り注ぐシャワーの音で、そして先程レオナルドの背に当たったのは、バスタブであることにも。
そうしてザップと向かい合って座っているのが、湯の張ってないバスタブの中であることを理解したレオナルドは、もう一度ぎゃああと悲鳴をあげて頭を抱えた。

「ざ、ざ、ザップさん! どどどどういうことっすか!」
「どういうこともクソもあるか。さっきの続きだっての。っつーか、そろそろだな」
「そろそろって……ひゃあっ!」

シャワーから注がれる湯を頭から被っているおかげか、アルコールなんてとうに抜けきっている。
だからこのまま、さっきまでのは酔った末の何かの間違いだとなる事を期待したのに、同じく全く酔っているようには見えないザップに続きを匂わされて、レオナルドは混乱した。
しかしそれも長くは続かない。
そろそろ、とのザップの言葉を鸚鵡返しに呟くと同時に、ぐるりと腹の奥から何かが下ってくる感覚があった。まるで排泄をする時のようなそれが、力も入れてないのに勝手に生じた事に新たなる混乱の渦に取り込まれ、二つの違った種類の混乱に囚われたレオナルドは、それらを脳内で処理しきれずに、ぴきりと固まって動きを止めてしまう。
そんなレオナルドをまるで荷物でも運ぶように無造作に持ち上げたザップは、バスタブから出てバスルームの隅に設置されたトイレへと向かう。そのまま便器にぽんとレオナルドを置いたザップは、腹を撫でる優しげな手つきとは裏腹に、最低なことを口走った。

「オラ、全部出しちまえよ」
「どっか行ってくださいって! まじヤバイのに、ちょ、やめ、押すなってバカ!」

さすがにそこまで行けばレオナルドも、己の身体に起こっている自体はおおよそ把握出来た。
だから慌ててザップを遠ざけようとしたのに、空気を読まない先輩はどこかへ行くどころか、ぐいぐいとレオナルドの腹を押してくるから、踏ん張る事も出来ず、そのまま。
ぽちゃん、とそこそこの重さのあるものが水に落ちた音が聞こえてしまったレオナルドは、一気に脱力してがくりと項垂れる。あまりにも情けなくて、ちょっと泣きそうになった。
しかしザップは、落ち込むレオナルドの様子に頓着する事なく再びひょいと持ち上げようとしたから、さすがに全力で抵抗する。

「バカ、汚ねーでしょうが! せめてふ、ふ、拭くまで……ってかマジでどっか行って下さい……もうやだ……」
「安心しろって、レオ。クソひり出した訳じゃねーから。コレだよコレ、今オメーが出したやつ」

両手で顔を覆い、羞恥に打ち震えるレオナルドの姿にさすがに何か思うところがあったのか、下手に出て金をせびる時と同じ声色で、ザップが差し出してきたのは、何かのパッケージ。
無言で奪い取ったレオナルドが確認すれば、そこにあったのはやたらキラキラした文字で書かれた『誰でも簡単! ジェル型浣腸』の一文。
それを見た瞬間、思わず反射的にべしりと箱を床に叩き落としてしまう。
文字が意味する所は分かったけれど理解したくなくて、もう一度顔を覆って何かの間違いだと自分に言い聞かせようとした。
なのにザップの言葉があっさりと、認めたくなかった無情な現実を突きつける。

「二回目でほぼキレーになってたし。今のなんか、ただのジェルだろ。気にすんなって」
「ま、ま、まさかザップさん」
「寝てる間に全部済ませてやろうと思ってたのに、起きちまうんだもんお前」

意識のないうちにまさか、勝手に。
自分でも積極的にはしたいと思わない、あれやこれやをされてたと知らされた上に、何の悪びれもなく恥じる様子もなく、むしろいい事をしてやったと言わんばかりのザップの態度に、レオナルドの中の何かがゴリゴリと削られてゆく。
だって、そんなの、おかしすぎる。
ショックのあまり下を向いてぶつぶつと呟く。
いっそのこと意識を飛ばしてしまたいと願ったせいか、脇に手を差し込まれてふわりと持ち上げられて再びバスタブへと戻されも、抵抗する気力も沸いては来ない。
打ちひしがれたまま、さあさあと降り注ぐ柔らかな水の糸が連なって排水口に吸い込まれてゆくのをぼんやり見つめ、いっそこの記憶もそこに紛れこませて綺麗さっぱり流してしまえないだろうか、なんてそんな益体もない事を思った。