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(そりゃあ、モテるわ、この人)

喉の渇きを覚えて目覚めたレオナルドは、薄暗い部屋の中、大きなため息をついた。
身体が怠くて仕方なく、特に腰から下は動かせる気すらしない。
そして隣ではその原因が、気持ちよさそうに寝息を立てている。レオナルドの気も知らないで。

けれどその惨状に腹を立てるより先に、レオナルドは納得してしまった。
だって、信じられないくらい気持ちが良かった。普段自分でする時とは比べ物にならないくらい、凄かった。触られるだけであれだけ感じてしまって、未だ身体の奥に熱が燻っているくらい、とんでもなかった。
サイコーに気持ちよくしてやる、なんてのたまわったのは自信過剰でも何でもなく、その通り正しく実行された。
悔しさを覚えるより先に、両手をあげて降参する勢いで、本当にどうしようもなく、気持ち良かった。
そりゃあモテるだろうなあ、と身をもってしみじみ、理解してしまったのだ。

(……おっそろしい)

もう一度はあ、と大きなため息をついたレオナルドは、自分の身体が綺麗に清められていることに気づいて、いよいよ頭を抱えたくなった。

レオナルドは童貞である。
当然今までにそういった経験をした事はなかったし、そういう事は好きな相手とするものだという認識があった。
だからこそ簡単に、それはそれ、これはこれと割り切って考えることが出来ない。
元々嫌いでなかった上に、キスも嫌じゃなかったし、気持ちよかったし、おまけに事後のケアまでしっかりしてくれているとなれば、うっかり勘違いしそうになってしまう。与えられた快感の名残が、恋愛感情と結びつきそうになってしまう。
もう一度、と言われたら再び流されてしまいそうな程には、身体はそれを受け入れてしまっている。
だって、気持ちよかったのだ、とても。
快感に慣れない身体では、抗うのが難しいくらい、ものすごく。

勘違い、気のせい、思い違い。
必死で自分に言い聞かせていると、隣でもぞもぞとザップが動く気配がして、半分寝ぼけた声で名前を呼ばれてびくりと身体が跳ねた。

「……レオ?」
「……はよ、ござ、ます……」

普通に喋ったつもりだったけれど、ガサガサの喉から出てきたのは酷い嗄れ声で、けほっと咳き込めば欠伸と共に起き上がったザップが、ちょっと待ってろと言い捨ててベッドルームから出て行った。
少しも経たずに戻ってきたその手に握っていたのは、ミネラルウォーターのペットボトル。
そういう柄にもない親切、今は本当に勘弁してほしいとの気持ちを込めて、うぐぐと喉の奥で唸ったレオナルドは、それでも極力平静を装って手を伸ばしたのに。
手渡すこと無くキャップを開けて、自らごくごくと飲み始めたザップに、なんだいつものザップさんだとほっとしたのも束の間。

「んっ、んーっ! んーっ!」

あっという間に近づいてきた唇で唇を塞がれ、隙間から温い水を流し込まれる。
抗おうにも乾いた口に広がる水分はあまりに魅力的で、ついごくりと飲み込んでしまえば、ついでとばかりに上顎を舐められた。大変、気持ちがいい。
そのまま何度も口移しで水を飲まされ、ようやく喉の渇きが癒えた頃には、すっかり息が上がってしまっていた。

「も、勘弁してくださいって。……買い物、行かなきゃ、だし」
「あ? 無理だっての。動けねーだろ、お前」
「もっかい寝れば、多少はマシに……なるんじゃないすか、たぶん。部屋も探したいですし」
「っつーか、ここに住みゃいーじゃん」
「……は?」

頬が赤くなるのも、心臓がばくりと跳ねるのも、止める事が出来なかった。
だからこれ以上流される訳にはいかないと、そもそもの当初の目的を全面に掲げたのに、それすらもあっさりと叩き落とされる。

「……意味、わかんねえっす」
「だからここに住めって」
「何でそうなるんすか」
「部屋代いらねーからよ。飯と酒お前持ちな」
「ヤですって」
「いーだろ、なあレオ、ここに住めって。また気持ちよくしてやるし」

仏頂面で差し出された提案を突っぱねてゆくけれど、気持ちよく、と言われた瞬間、びくりと反応してしまった事に目敏く気が付かれてしまう。
ニヤニヤと楽しげに笑って、つっと頬を撫でるザップの指をぺしりと叩いたレオナルドは、こうなったらもうどうにでもなれと、ヤケになって開き直った。

「……俺、童貞なんで。ええ、ザップさんと違って耐性ないんで。今、そういう事言われると、うっかり流されそうなんでやめて下さい、マジで」
「流されろよ」

本気にする素振りを見せたらどうせ、驚くに違いないと思ったのに、思いの外真面目な顔で返されて、レオナルドの方が動揺する。

「お前さ、あんな甘ぇ上に何本飲んでも酔えねー弱い酒、貰いモンでも俺があっこに入れとくと思ってんの? 別の酒と交換するだろ、フツー」
「……は?」
「だから、オメー用だっつってんの」
「え、なんで」
「酔わせて食おうと思ってたから」

始まりはアルコールが入った状態だったから、酔った勢いでなし崩しに。ヤッてみれば案外イケたから当面の暇つぶしに。
最大限肯定的に考えて、その程度の思惑からの一緒に住めよ発言だと思っていれば、まるでその最初から仕組まれていたかのような物言いで。
嘘を言ってる気配がなくて、勘違いだと言い聞かせた感情が変な方向に転がってしまいそうで、いよいよレオナルドは混乱してしまう。

そんなレオナルドの困惑を見透かしたようにフンと鼻を鳴らしたザップは、ま、どーせ今日一日、こっから出れねーんだし、と不穏な言葉を呟いて、じりじりとレオナルドににじり寄って来て。

「まずは身体から落としてやるよ」

半ば流されつつあるレオナルドの唇に、がぶりと噛み付いて。

そして。
数時間前まで、レオナルドの知らなかった顔で、ニヤリと笑った。