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夢を見た。

不思議な扉を潜った先で見つけたのは、よくよく見知った幼馴染の顔。
攫われたフィーネを追いかけて村を飛び出した幼馴染が、時代を超える奇妙な旅をしている事を知らされた時はもちろん驚きはしたものの、アルドならそんな突飛な運命に巻き込まれても導かれても何もおかしくないな、と、ある意味では納得もしてしまった。むしろ何も無くあの村で過ごすより、世界を飛び回るアルドの方がやけにしっくりと馴染むような、妙な既視感すらあった。
そんなアルドが、不思議な扉の向こうにいたことだって、よく考えなくてもおかしな事のはずなのに、暗闇に灯る柔らかな光の下、ぽつんと一軒だけ存在する建物の前。ダルニスじゃないか、嬉しそうに破顔した幼馴染を見た時。不思議に思うよりも先、ああやっぱり、腑に落ちてしまった。どうしてかは分からないけれど、突然目の前に現れた不思議な扉を開く前から、その向こうにいるのがアルドであることを、ダルニスは既に知っていた気がした。

時代を超えた旅、次から次へと飛び込んでくる困難を一つ一つ打ち払いながら進んだ先で、ついにフィーネを取り戻すことに成功したが、それで旅は終わらない。気づけば世界はその存亡をかけた脅威に晒されていて、その中心にあったのはアルドとフィーネ、二人が抱えた秘密と始まりだった。
そうしてまるで最初から全ては繋がっていたかのように、この時代、バルオキーの南方に現れたクロノス・メナス。二人にとって大事な存在であるエデンを闇の中から救い出すため、時の暗闇に仲間と共に飛び込んだアルド。
ダルニスもアルドと共に行きたかったが、村からさしても離れてはいない場所に現れた巨大な暗黒に不安を募らせ、一種の恐慌状態に陥った村人たちを放ってもおけなかった。それに恐怖に駆られたのは人だけではない。人よりもよほど敏感にその異質さを感じ取った魔物たちが、少しでもそこから離れようと集団で逃げてくる。その中には、進行方向に人の村があろうと構わず進む魔物だって存在した。
異変に怯えた村人たちの中、戦えるだけの余裕がある者はそう多くない。彼らを引き連れてユニガンへと避難をするにしても、既に始まってしまった魔物たちの狂乱、その真っ只中の道中を突き進み遭遇するであろう魔物の群れから全てを護り通すのはあまりに難しく、ならば村の間際で全てを食い止めるしか方法がなかった。だからダルニスは、村に残ることを自ら申し出た。世界の存亡をかけた戦いに赴く幼馴染の分まで、大事なものを守るために。
ダルニスとメイ、ノマル、数名の警備隊員。そして、バルオキー防衛のために残ってくれた数十名近いアルドの仲間たち。皆で時の暗闇へと飛び込むアルドたちを見送った後は、ひたすらに村へと近づく魔物と戦い続けた。村にはろくな防壁もなく、村の中で震える村人たちを守る盾となるためには、戦って戦って戦うことしか出来ない。恐怖で興奮状態になった魔物は多少脅しつけただけでは去ってはくれず、普段は大人しい気性の魔物すらも獰猛に牙を剥いてくる。
絶え間ない襲撃の合間、ほんの僅かの隙を見つけては交代で休憩をとりながら、必死で戦い続ける。やがてミグランスからの増援が――ユニガンの街にも魔物の群れは押し寄せているらしく、騎士の大半はそちらにかかりきりで対処しているためやってきたのは三十名に満たない小隊ではあったけれど、それでも苦しい中からミグランス王がせめてと寄越してくれた精鋭たちが到着してからは、各々に休める時間は多少増えた。けれどいつ終わるとも分からぬ戦い、どれほど休憩を挟もうとじわじわと募りゆく疲労が徐々に体を蝕み始める。屠っても屠っても波のように押し寄せる魔物は、じりじりと防衛線を村のすぐ近くまで下げてゆく。
それでも。けして絶望することなく戦い続けられたのは、誰しも皆、アルドなら、アルドたちならやってくれると信じていたから。アルドたちがきっと、この絶望的状況を突破する何かをやり遂げてくれると、信じ切っていたから。
やがてそれは、願望ではなく正しく真実となる。
何の前触れもなく、ある瞬間、ぱあっと世界が晴れた。不気味な黒はみるみるうにに跡形もなく消え去って、世界は緑の光に包まれ、全てが浄化される。その光に包まれた魔物たちは、まるで憑き物が落ちたようにすっと落ち着きを取り戻し、村から離れてそれぞれの棲へと戻り始めた。
唐突な終わりに、すぐには何が起こったかは理解できなかった。けれど村に背を向ける魔物たちが、魔物間でも争うことなく大人しくぞろぞろと帰ってゆく様をぽかんと見守って、しばらくの後。ようやく長い悪夢から解き放たれたかのように、わあっと上がった仲間たちの歓声。それにつられて恐る恐る家の中から顔を覗かせた村人たちが、晴れた空をに気づいて飛び出してきて、村中に爆発的に広がってゆく歓喜の声。
アルドだ、アルドたちがやってくれた、口々に叫び喜び合う仲間たちを見ながら、ダルニスだって思っていた。ああ、これでようやく、アルドの長い旅が終わったのだと。何もかもに蹴りをつけて、ようやくアルドが村に帰ってくるのだと。

けれど、戦いのあと。村に帰ってきたのは、フィーネと数名の仲間たちだけ。その中にアルドの姿はない。どれほど目を凝らしたって、アルドの姿が見つからない。
世界は救われた筈なのに、浮かない顔をした彼ら、迎えた村長の胸に飛び込んで泣きじゃくるフィーネ。沈痛な表情で時の暗闇の中で起こったことを説明したのは、彼らの中で一番の年かさであるサイラスだった。
闇に囚われていたエデンの意識を取り戻すことは出来たけれど、アルドがエデンと共に行ってしまったこと。アルドがエデンとひとつになって、影も形もなくどこかへと消えてしまったこと。
悪い冗談だと思いたかった。なのにフィーネの泣き声が、それが紛れもない真実だと告げている。声もなく俯いて肩を震わせるエイミの固く握った拳が、アルドの消失を残酷に突きつける。
直前までのお祭り騒ぎが一転、沈鬱な空気に包まれた村の中。お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん。フィーネの悲痛な叫び声だけが、哀しく空に響いていた。

世界は救われたのに。あれほどの戦いであったのに、バルオキーを守り戦った者の中、奇跡的に死人の一人も出なかったのに。
中心にいた、アルドだけが、帰ってこない。


「ダルニス」

穏やかな空の下。少し前、魔物たちの襲撃があったとは思えないほど、以前のままの姿を取り戻したバルオキーの外れ。
誰かに呼び止められたダルニスは、足を止めて振り返る。そこにいたのは、金色の髪をした女性。その面差しはメイによく似ているけれど、メイではない。だって彼女はダルニスの知るメイよりも、少なくとも六つか七つは年が上のように見えたから。
メイの親戚だろうか。知らない筈の相手から名前を呼ばれたことを不思議に思っていれば、彼女は何かに耐えるようにぐっと拳を握って、意を決した様子で口を開く。

「あのね、アルドのことだけど」

その口から飛び出たのは、ダルニスもよく知る幼馴染の名前。それを聞いたダルニスは、ああそうか、納得をする。なにせいつの間にか、誰かれもと知り合いになっているようなやつだ。ダルニスの知らないメイの親戚と、顔見知りだとしても何の不思議もない。おそらく彼女は、わざわざアルドを訪ねて村までやって来たのだろう。そこかしこで人助けをしているアルドの元へ、助けられた人々が後日改めて礼をと村まで来ることもまた、珍しいことではなかった。
困ったな、ダルニスは思う。アルドは現在、村にはいないのだ。旅に出たまま、しばらく帰っては来ていない。
けれどすぐに、思い直す。確かに今はちょうど村にいないけれど、アルドが旅に出て以来、村をあけることはよくあることで、そして。

「生憎、今アルドは不在でな。もうすぐ、帰ってくる筈だが」

そうだ、もうすぐ、帰ってくる筈だから。
ダルニスがそれを口にした途端、目の前のメイによく似た誰かはくしゃりと顔を歪めて、今にも泣き出しそうな表情になる。
わざわざアルドに会いに来たのだろうから、アルドがもうすぐ帰ってくると分かれば喜ぶだろうと思ったのに、妙な反応をするな。不思議に思ってダルニスが首を傾げれば、女性の表情はますます悲痛なものへと変化する。
変なやつだな、とこっそりとダルニスは胸の中で思う。そんな風に悲しむようなことは、何一つ言ってないのに。何も、どこも、おかしな事なんて、言っていやしないのに。
だって、アルドはもうすぐ帰ってくる。
もうすぐ、もうすぐ、もうすぐ。
もうすぐ、帰ってくるのだ。

「ダルニス、アルドはもう……」

メイに似た女性は、沈痛な表情で何かを言い募ろうとした。けれどどうしてかその女性の紡ぐ言葉の先を聞きたくはなくって、ダルニスはそれを聞いてしまう前、かぶせるようにもう一度それを口にする。

「アルドはもうすぐ、帰ってくるさ」

きっと。アルドに会えなくって、残念がっているのだろう。だから安心させるように微笑んで頷けば、ふっと瞳を陰らせて俯いた女性が、軽く唇を噛んだのが見えた。

もうすぐ、もうすぐ、もうすぐ。
誰に何を言われても。どれほどの月日が流れても。
時を止めてしまった青年は穏やかに、同じ言葉だけを繰り返す。
何度も、何度も、その言葉だけを。

もうすぐ、かえってくる。