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夢を見た。

ここしばらく、幼馴染の顔を見ていない。
フィーネを助けると言って村を飛び出したアルドは、驚くことに時代を超えた旅をしているらしい。とても信じられることでは無いけれど、それを話すアルドの声に嘘は欠片も混じってはいなかった。だからそれがどれほど荒唐無稽であろうとも、ダルニスは幼馴染の言い分をまるごと信じることにした。

時々村に帰ってきては顔を見せる幼馴染の話を聞く限り、その旅は随分と困難を極めているらしい。立ちはだかる魔物たちは村の周りに現れるゴブリンとは比較にならず、笑い話のようにあの時はちょっとやばかったな、なんて話すアルドの軽い口ぶりとは裏腹に、命の危機に見舞われたのが一度や二度ではないことも窺えてしまう。
アルドの事は信用しているが、それでも心配はある。けれどかといって、危ないからもう旅をやめろなんて言えない。その目的がフィーネの救出だということを知っているし、困っている誰かを見てしまえば知らぬふりで放ってはおけないアルドの性格もよく知っている。それにダルニスは以前から、どこかにアルドがいつかこの小さな村を飛び出して世界に飛び出してゆく予感があった。旅立ったアルドを見て驚くよりも先に、ああ、やっぱりと納得してしまった。
アルドの旅に口を挟むつもりはない。しかし心配なものは心配なのは変わらず、ならば自分がアルドの旅についてゆけばいいのではないか、考えはしたことはある。実際アルドにも、提案したことだって何度かあった。
その度、アルドは少し困った顔をする。そりゃ、ダルニスがついてきてくれれば心強いけどさ、と前置きをして、でも無理なんだ、ともどかしそうに口ごもる。
うまく説明できないけど、ダルニスはあそこに連れてっちゃだめな気がするんだ、とアルドが口にするのは、次元の狭間と呼ばれるどこにあるかも分からない場所のこと。あるいは、時空を超える扉を潜る際のこと。通常、そこに足を踏み入れてしまえば、少しずつ少しずつ何かを忘れてゆく。何かを取りこぼしてしまう。そしてそれが積み重なってゆくうち、やがて自分がどこから来たのか、自分が何であるかすらも分からなくなってしまい、そんな人々が次元の狭間には幾人もいるのだという。

「何かに導かれたり、誘われたり。そんな道しるべが見えてれば、何も失わずにちゃんと帰り道を見つけられるんだけど、今のダルニスをあそこに連れてって大丈夫なのかオレには分からない」

しゅんと肩を落として話すアルドの言葉に、何も思うところがなかった訳じゃない。
大事な幼馴染、手のかかる弟のようだけれど尊敬もしていて、すごいやつだとも思っている。そしてどこかでは、何かにつけて自分と比較し、どうあがいたって追いつけない、真似の出来ない決定的な違いを見つけては、じわりと一瞬、嫉妬に似た気持ちをゆらりと揺らめかせてもいる。自分に出来ないことをあっさりとやってのけるアルドが眩しくて、憧れてもいて、同時に。埋められない差、違いを感じては気づかれぬよう、ひっそりと劣等感を燻ぶらせてもいる。
そんなアルドの口から聞かされた言葉は、そんなダルニスの弱い部分をちくちくと刺激した。だってそんなのまるで、アルドと仲間たちは世界に選ばれて、ダルニスは選ばれなかった、そんな風に聞こえてしまったから。アルドにそんなつもりが無いのはアルドよりもダルニスがよく知っているのに、胸の奥底に閉じ込めた薄暗い気持ちが、わざと捻くれた受け取り方をしてみせたがる。

「それに、オレ、全然警備隊の仕事出来てないだろ? だけどダルニスが村を守ってくれるなら、安心だもんな!」

けれどすぐ、にっこりと笑って裏表のない真っ直ぐな信頼を向けてくるアルドの、取り繕ったお世辞ではなく心の底から言っていると分かる言葉で、抱えた劣等感は綺麗に収められてしまった。だからこの幼馴染には敵わないのだ。調子のいいやつだな、と苦笑いを浮かべながらダルニスは、満更でもない気持ちでそんなアルドの信用を素直に受け止めた。

そんな会話を交わしてからしばらくの月日は流れたけれど、まだ当分アルドの旅が終わる気配がない。そう簡単に蹴りのつくものではなさそうなことは、理解していた。頻繁に村に帰ってくる余裕がないことも、ちゃんと分かっている。
けれど少しばかり、間が空きすぎではないだろうか。
アルドと約束した通り、村を守るために日々警備隊の仕事に励んでいたダルニスだったが、しばらくというには聊か長すぎる不在に、言いようのない不安をじわじわと育て始めていた。
村の中で顔を合わせると、今度はどこで何をしてるんだろうね、笑って話していたメイも、先輩の分まで警備隊の仕事頑張りますね、張り切っていたノマルも、何かしらの不穏を感じているのだろうか。近頃はアルドのことを話題にする度に、どことなく空気が強張り緊張を孕むようになった。
大丈夫だ、アルドのこと、そのうちひょっこりと顔を出す。何でもない顔をして、大変だったよ、笑いながら旅の話をする。フィーネを連れて、村に帰ってくる。
誰に何か言われた訳でもないのに、まるで自分自身に言い聞かせるよう、大丈夫、大丈夫だ、繰り返す時間が増えてゆく。
猟が終わったあとや、警備隊の見回りのない時間帯。自然と足は、ヌアル平原へと続く村の入り口の近くへと向かっている。アルドが旅から帰ってくる時は、大抵はそちら側からやってくるから。
その近くでは時折、メイやノマルと顔を合わせることもあって、そういう時は互いに苦笑いを浮かべるだけで、言葉は交わさない。アルド、なかなか帰ってこないな。ここでそれを音にしてしまったら、言葉が現実になってしまいそうで怖かった。きっと、メイやノマルも同じような気持ちなのだろう。さもその辺りに用があったように振る舞いながら、ちらりちらり、視線をヌアル平原へと向ける。見知った形が見えたなら、すぐに気づけるように。

けれど。
アルドはまだ、戻ってこない。
アルドはまた、戻ってはこない。