After half a year


任務に連れていく、と言っていたくせして、スティーブンがレオナルドをそういった場に連れてゆくことはない。
最初は渋々だったものの、慣れてしまってからはむしろ、折角だから利用すればいいのにとレオナルドからそれとなく提案したこともあったけれど、あっさりと却下された。

「だってその分、君に余力割かなきゃいけなくなるから、却って効率が悪いし。今のところ、これで間に合ってるからね」

ばっさりとレオナルドを足手まといと切り捨てたスティーブンが、胸元から取り出した一枚の写真。
それを見たレオナルドは、思わず悲鳴を上げた。

「ちょ、何すかこれ! これ、何でアンタが写ってるんすか!」

そこに写っていたのは、幼い頃のレオナルド、と、なぜか今より若いスティーブンの姿。
レオナルド単体だったら、何となく覚えがある。確か、実家のアルバムに、こんな写真があった気がする。
けれどそこにスティーブンが写っているのがおかしい。間違いなくレオナルドとスティーブンは、このヘルサレムズ・ロットで初めて会った。過去に接点は無い筈だ。

「君の妹さんが面白が……協力してくれてね。昔の写真をいくつか送ってくれたんだ」
「ミシェーラ! おいミシェーラ!」
「ほら、よく出来てるだろうこの合成。まるで本当の親子みたいじゃないか」
「マジでよく出来てますね! 一瞬、あれ、スティーブンさんって昔会ったことあったっけって信じそうになりましたよ!」
「こら、パパだろ? この頃の君は蟻の巣をじっと眺めるのが好きだったんだよなあ懐かしい」
「いやいやいやいや何で知ってるんすかこわい。しれっと俺の思い出の中に混じってこないでくださいよ」
「君のダッドが、酔っ払うと君の昔の小さかった頃の話してくれるそうだよ」
「ダッド! ダーーーーッド! え、え、っつーか何してるんすかまじでこわい」
「君の家族には一応、護衛つけてるから。神々の義眼と繋がらないよう情報は操作してるけど念のためにね。そのついで」
「マジすかそれはありがとうございます! さすがパパかっこいい! でも何してるんすか! ついでって!」
「ハハハ、ほら見てみろよこの時の君。カマキリが怖いって泣きべそかいてて可愛かったなあ」
「こっちにもちゃっかり写ってるし! 違和感なさすぎてこわい!」

続けて胸元から出してきた他の写真にも全て、なぜだか幼いレオナルドの横に当たり前のようにスティーブンが収まっている。
ご家族との写真には割り込まないようにしてる、と主張している通り、ミシェーラや両親が写っている写真は一枚もない。全てレオナルドとスティーブンのツーショットだ。
しかもよくよく見れば、背景が故郷のものとは微妙に違っている。その辺は特定されないように気を遣ってくれてもいるらしい。無駄に手が込んでいる。こわい。

「これを見せれば、息子にデレデレの父親の顔で相手の警戒心も薄まってくれるんだ。かなり助かってるよ」
「いやでも、アンタ前は息子居ない設定だったんでしょ? いきなりこんな写真出して、怪しまれないんすか」
「そこはほら、牙狩りの関係で息子が居る事を言えなかったって設定にしてるから。その息子が父親恋しさにはるばるヘルサレムズ・ロットまでやってきちゃって、隠してる方が危ないから解禁って流れ。その反動で今は親馬鹿炸裂ってとこかな。いやー、ほんとみんな、油断して舐めきってくれてやりやすくなったよ。囮にも面白いくらい引っかかってくれるし。炙り出しも順調だぜ」
「やだーそんな後ろ暗そうな事情聞きたくないー……」

パパと息子ごっこを続けるうち、必然的にスティーブンとの距離は近くなった。
相変わらず人前では少年と呼ばれるけれど、二人きりの時はレオと呼ばれる頻度が高くなって、言葉遣いも互いに適当に崩れつつある。
週に二度はスティーブンの家へと拉致されるし、たまにレオナルドの家にまで押しかけてくる。ちょっと面倒くさい。
更にはちょいちょい、軽口に挟んで抜け目なく、事務所でのブリーフィングでは語られない仕事の切れ端について混ぜてくるから、厄介な事この上ない。聞かなかったふりも出来ないし、かといって踏み込むことも出来ないから、ただひたすら相槌を打って流しているだけなのに、気づけばじわじわと人に言えない秘密が積みあがっていく。着実に共犯者の道に引きずり込まれているような気がしてならない。
しかもレオナルドが許容できるラインをけして超えない、ある程度は理解できてしまうものに留められているから、やり方がいやらしい。
ひどく落ち込んだ暗い空気を纏っている時には、その裏にあるものをけして語ろうとはしないくせに。

(別に今更それくらいで、嫌いになったりしないのに)

頭が回るくせして、変なところで不器用で、もどかしい。
中途半端に引きずり込むくせして、最後の最後は一人で泥を被ってしまおうとする。
かといってそれを言葉にして近づけば、笑顔を張り付けたままハリネズミのように毛を逆立ててしまうに違いない。
だからレオナルドは渋々、息子ごっこを続投する。
だって今更、放り出せない。
暗い顔をしたスティーブンに、パパ、と呼びかけるだけで少し表情が明るくなって、ほらパパさっさとシャワー浴びてきて、とぞんざいに扱うだけで、ほっとしたように力を抜く。
レオナルドに出来る事はせいぜいそれくらい。
けれどそれくらいでいいなら、多少面倒くさいけれど、別にいいかとも思っていて。

「パパー、とりあえず飯にしねっすか?」
「オーケイ、レオ。今日はパパの手料理だぞー」
「わーいパパ大好きー」

今日もそれなりにいい息子の皮を被って、おざなりに甘えるのだった。


なお。

「ちょ、パパ! アンタ動画まで持ってんすか! うわー何これキモイ」
「いやーさすがに動画に自然に割り込ませるのは、ちょっと難しくて。とりあえず、静止画を紛れ込ませてみたんだけど」
「これ、控えめに言って不審者っすよ。子供が遊んでる姿を後ろから直立不動で見つめてる不審者こわっ、キモっ!」
「ハハハひどいなあ。ほら、こんな優しい顔で見守っているじゃないか」
「いたたたた! さーせん! でもやっぱキモイ!」

スティーブンの家で夕食をとった後。
とっておきのものがあるんだと見せられたパソコンの動画は、昔のレオナルドのホームビデオ。
自分の動画ではあるけれど、よちよち歩きの子供がきゃっきゃはしゃいでいる姿は、控えめにいって可愛い。
しかしその画面の、左奥。直立不動で佇む一人の男の姿が、その可愛らしさを台無しにしていた。
動画に写真を紛れ込ませただけの、完成度の低いそれは、どこからどう見ても不審者の映像にしか見えなくて、ホラーでしかない。
素直に感想を口に出せば、大人げなくぎりぎりと頬を抓られたけれど、どうしたってやっぱり怖い。

「っつーか、さすがに動画まで見せないっしょ、付き合いの席で!」
「うん。これは、ただの趣味。レオの昔の映像に、いかに自然に俺を割り込ませるかっていう」
「もっとマシな趣味持てよ!」
「ほら、ここをこうして、こうすればっと」
「うわああ、一瞬だけちょっと自然な感じになってるこわい」
「明後日にはもう少し、いい感じに仕上がる筈だよ。今夜は徹夜かな」
「いや寝ろよ……」

息子ごっこはいいとして、変な趣味に目覚めたスティーブンに少し閉口しつつあるレオナルドは。
ミシェーラにこっそりと、あまり材料を提供しないよう頼むのだった。